第14話 試写

 それから、シーンの合成やら編集やらのポストプロダクション――レミナの、フィルムに直接映り込めるという特性は、ここでもおおいに役立った――を経て、数カ月後に映画は完成した。

 もう年の瀬も近いある日、映画会社の試写室で、関係者を集めた完成試写が行われた。

 役員や関係者が集まり、その映画の出来を評価するのだ。その結果によっては編集をやり直したり、最悪撮り直しが必要になったりする。既にこの映画の封切り時期や上映館数は、ほぼ決まっているのだが、場合によってはその調整も行うことになる。

 試写にはもちろん我々四人も参加したが、レミナの姿はない。

 五十名ほどの座席が設置されている試写室には、既にほとんどの関係者が集まっていた。真ん中付近の席に会社の重鎮たちが鎮座し、俺たち四人はやや後ろの席に陣取った。

 俺はまだ何も映し出されていない真っ白なスクリーンに顔を向けたまま、隣に座る御手洗さんに体を近づけて囁いた。レミナの件について、大っぴらに声に出して周りに聞かれるのはまずいからだが、それはいい口実でもあった。

「璃子さん、レミナとはまだ連絡が付かないのか」

 璃子さんも身を寄せてくる。

 俺の鼻腔に御手洗さんの仄かな香水の香りが忍び込んできた。

「ええ、このところこちらから連絡しても繋がりません。向こうからくることもないです……。レミナちゃんどうしちゃったのかしら」

 レミナは撮影後しばらくは、体調を壊したという口実で表には立たせてはいなかったのだが、このところ本当に連絡もつかない状況だった。

「やっぱり思いが成就して、成仏したっていうことなのかな」

 俺の右隣に腰を下ろしている南さんが独り言のように呟いた。

「映画が完成することがレミナちゃんの願いでしたからね」

 璃子さんの寂しそうな言葉に、田所さんも黙って頷いている。

 成仏はさせてあげたいとの思いに嘘はないのだが、せめてこの完成試写会までは、というのが四人の共通の思いだった。


 そうこうしているうちに上映が始まった。関係者の全員が食い入るように見入っている。そしてこちらの意図通りの反応が返ってきた。

 映画の出来は上々だった。特にクライマックスの戦闘シーンの迫力は、他に類を見ない出来だった。エンドロールが始まるのを待たず、重鎮たちは拍手を持って四人の労をねぎらってくれた。

 俺はほっとした。思い返せばいろんなことがあった。主役の突然の死、その幽霊を用いた撮影、エキストラの交代などどっちに転ぶか分からない撮影の連続だった。

 後は公開後の観客の反応がどうなるかだが、こればかりは自分自身ではどうすることもできない。毎回そうなのだが、自分の撮った映画が観客に気に入られることを祈るしかない。

 御手洗さんが感心しきった声で囁いてきた。

「監督、あのアクションシーンの迫力はやはり凄まじいものがありましたね。編集も素晴らしかったです」

 璃子さんの感想が素直に嬉しかった。俺もあのシーンは現場で手ごたえを感じていたが、出来上がりを見て一層その感を強くした。ただ、ちょっと火薬を盛り過ぎて、後から消防署からお小言をもらったことは内緒だ。

 兵衛さまや他の影武者さまたちの協力がなかったら、こんな素晴らしいシーンは撮れなかっただろう。それもこれもレミナの機転のおかげだ。

「今、興行収入の一部を使って、あそこに慰霊碑を立てる計画が持ち上がっている」

 御手洗さんが、嬉しそうにうんうんと頷いている。

 その二人の横で南は渋い顔を緩めることができなかった。映画の出来に不満がある訳ではない。むしろこの出来なら思った以上のヒットが見込めるだろう。

 監督はいい仕事をした。そして彼の仕事はこれで終わりだ。

 だが我々の仕事はまだ残っている。宣伝や舞台挨拶に、主役のレミナが不在であることを不審に思わない者はいないだろう。これまで嘘に嘘を重ねてきたので、その理由をどう取り繕えばいいのか。

 またレミナの母親には、代役とCG技術を駆使して映画を完成させると言っってある。そして映画が完成しても一切藤巻家には迷惑を掛けないことも約束している。

 しかしこの映画でレミナの面が割れた訳だ。いくら正体を隠したからと言って、鏑木レミナが藤巻唯であることはいずれ明らかになる。そうなれば彼女が亡くなっていることを公表する必要が出てくるだろう。母親との約束を守り通せる自信はない。それらのことを考えると南は頭が痛かった。


 ――近々田所を連れて、藤巻家に映画完成の報告と今後の対処の仕方について、改めて相談に行く必要があるな。


 エンドロールが終わり、四人が席を立とうとした時、スクリーンに仮面を外したレミナの姿が大写しになった。四人は思わず身を乗り出してスクリーンのレミナに注目した。

 こんなおまけシーンを追加したのか、と南さんが訝し気にこちらに視線を飛ばしてきたが、俺は肩をすくめて首を左右に振った。


 ――誰がこんな画を追加したんだよ。まさか……。


 と思った瞬間、銀幕上のレミナが嬉しそうな声をあげた。

「みんなぁ、レミナ初主演の映画は楽しんでくれたかな。レミナ、続編もがんばっちゃうから、みんなで応援してね。観てくれないと呪っちゃうんだから」


 レミナは可愛くポーズを決め、ほほ笑んでいる。


 ――嘘だろう。


 立つ気力を失った四人が再び席を立つのに、ずいぶんな時間が必要だった。

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