第12話 クライマックス Ⅱ

 それから数分後、三人はキャビンの中で膝を交えていた。

「……そういう訳なんだ。詳細の連絡はまだないが、事と次第によっては撮影を中止するかもしれない」

 俺と御手洗さんが神妙な表情を浮かべる中、レミナが下を向いてクスクス笑い出した。

「おい、何笑ってんだ。不謹慎だぞ」

「ごめんなさい。でも事故ったバスからぞろぞろとゾンビのメイクした人が降りてきたら、警察や救急隊の人はさぞかしびっくりしただろうなって想像したら急に可笑しくなっちゃって」

 レミナはそう言った途端、我慢できなくなったのか腹を抱えて笑い始めた。

 彼女の無邪気な姿に、俺たちは深くため息をついた。

 ひとしきり笑い終えた後、レミナは目に溜まった涙を拭うと「で、ゾンビさん達がこれないので撮影できないんだったら、思いついたことがあるの。ちょっと待ってて」と言って姿を消した。

 レミナは何をするつもりだ。俺たちは顔を見合わせた。

 それからレミナが再び現れるまで、そう長くは掛からなかった。

「お待たせぇ」

「どこに行っていたんだ。のんびりキャビンなんかで油を売ってる場合じゃない」

「えへへ。ゾンビさんの代わりを連れてきちゃった。映画に参加してくれることを説得するのにちょっと時間がかかったの。じゃあ出てきて」

 訳が分からず俺たちが首をひねっていると、キャビン内に凄まじい冷気が流れてきた。それはレミナが霊体化するときとは違って、何か嫌な感じがする冷気だった。何事かと身構えていると、室内に一人の落ち武者の幽霊が現れた。矢があちこちに刺さり、朽果てて血のりがべったりと付いた鎧、骨と皮だけの手には半ばで折れた赤黒い刀を握り、兜の下には骸骨が覗き、その眼孔には赤黒い火の玉が不気味に光っていた。

 俺たちは悲鳴を上げ、腰を抜かして椅子から転げ落ちた。

「あ~あ、大きな声出しちゃって、不審に思って人が来たらどうするのよ。幽霊は慣れているでしょうに」

 慣れているのは、かわいい美少女アイドルの幽霊だ。こんなリアルな落ち武者の幽霊――いや亡霊というべきか――が何の説明もなく現れたら、腰を抜かさない者はいないだろう。

 レミナは慌てふためく俺たちをしり目に、落ち武者を紹介した。

 彼女の説明によると、このロケ地一帯は大昔に大きな合戦が行われた古戦場で、落ち武者の霊が漂ってるところなんだそうだ。

 この目の前にいる落ち武者は、この古戦場で敗れた軍勢の侍大将の一人で、名を倉木兵衛といい、私たちがここに着いた時から彼らは我々に興味があったんだとか。危害を加えるつもりは全くなく、レミナがこの窮地を相談したら快く協力してくれるという。

「百人ぐらいは出せるんですって。せっかくだから協力してもらいなさいよ。ねっ」

 がくがく震えてまだ立てない御手洗さんを、再び椅子に座らせると、俺は間近でこの落ち武者を詳しく観察することにした。

 さすがにアイドルの幽霊とは違って、霊気と霊圧が全く違う。

「さすが本物は迫力が違うな。この威圧感はまがい物のコスチュームやCGでは決して表現できないよ。よし決めた。ゾンビから落ち武者さまに変更だ」

 まだ震えが完全に止まらない御手洗さんが強く反応した。

「えっ、レミナだけでも持て余しているのに正気ですか」

「もうここまできたらやるしかない。璃子さんも腹をくくってくれ」

「……監督がそうおっしゃるなら手伝います」

 御手洗さんの頬が少し赤く染まって見えたのは、傾き始めた日差しのせいか。

「そうと決まったら落ち武者さまに段取りを教えないと。レミナ、お前も手伝え。落ち武者さまが理解できないことを説明するんだ。失敗が許されない撮影だからな」

 俺は兵衛さまの肩を叩くと、レミナを伴ってアクションシーンの説明を始めた。

 兵衛さまはもう長い間、話をしていないとのことで言葉を発することができないようだった。したがって会話は全てレミナを通した。霊どうしの会話は霊界通信のようなものらしい。日本語は分かるのだが、如何せん現代用語はちんぷんかんぷんだし、撮影用語はなおさらだ。意思疎通には悪戦苦闘したが、幸い兵衛さまは呑み込みが早く、協力的だったので何とかなりそうだった。


 そうこうしているうちに、辺りはすっかり夕日に染まっていた。

 スタッフの間には、既にゾンビ軍団のエキストラが事故に遭ってこられないことが知れ渡り、撮影がどうなるのか、皆不安げな表情であった。

 俺はスタッフ全員を集めた。

「みんな知っての通り、エキストラさんを含むゾンビ軍団は交通事故に巻き込まれ、撮影に参加できなくなった。ただ幸運にもその代役が見つかったので、一日遅れること以外、撮影は予定通り行うことができる。安心してくれ」

 俺はこの辺りは古戦場で、毎年ここで亡くなった武者の慰霊祭が行われていること、そしてその慰霊祭では、落ち武者行列が行われ、たまたまその練習が行われることになっていたので、その方々をお借りすることができたと、もっともらしい嘘八百を並べた。

 スタッフの大半はそれを聞き安堵の表情を浮かべ、撮影準備に戻っていった。

 ただ爆発の特殊効果の責任者は、不安そうに俺のところにやってきた。

「監督、ゾンビから落ち武者に変わるのはいいんですけど、爆発地点の確認とタイミングは大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫、心配ない。既に打ち合わせてある。それと爆発のリアクション用に鎧兜を貸してくれることになっているから、遠慮なくやってくれ。何なら火薬増し増しでもいいぞ」

 本当は彼らそのものを吹っ飛ばす手はずだ。もちろん本人たちは了承済みだ。どんな画が撮れるのか、俺はそのシーンを想像して血がたぎっていた。

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