第11話 クライマックス Ⅰ

 トラちゃんの件が一件落着して、取り直しの撮影はとんとん拍子に進んでいった。レミナの浮遊シーンも、自分で浮遊したいと駄々をこねるレミナを説得して何とか撮り終えることができた。最も、後からワイヤー係が、レミナちゃん随分体重落としましたねと御手洗さんに話していたというから、ある程度自分でも浮遊していたのだろう。係の負担を減らすためだったのか、我を通したかったのかは分からないが。


 後はクライマックスシーンの撮影を残すのみとなった。


 このシーンは魔王配下のゾンビ軍と、レミナ扮する魔法少女が属する勇者パーティーとの決戦のシーンだ。レミナの仮面は魔法使いの魔力を増幅するアイテムなのだが、それと同時に使い手の暗黒面をも増幅していくという負の一面も有していた。魔王も実は昔、その仮面を利用していた勇者だったのだが、暗黒サイドに落ちてしまったのだった。最後の戦いでレミナは暗黒サイドに落ちる寸前まで追い込まれるのだが、勇者パーティーのレミナを信じる力を借りて、レミナはそれを克服し――その時仮面が割れてレミナの素顔が現れる――魔王軍に勝利する。ラストは仮面の力で暗黒面に落ちていた魔王は、実は魔法少女が幼少の頃に行方不明の父であることが分かり、感動の再会を果たすという大団円を迎える。


 クライマックスシーンは、都心から車で半日ほど離れた、とある地方のロケ地で撮影することになっていた。撮影スタッフは、数日前から既に現地入りしていて、撮影の準備に余念がない。

 代役を用いたカメラテストやセットの位置など、インカムで忙しく指示している俺の横に、いつの間にか南さんが立っていた。

「監督、撮影の準備は進んでいるかね」

 プロデューサーの南さんには、撮影に関することは逐一報告している。レミナの関係する小さな撮影の撮り直しは、問題なく終了したことも報告済みだが、クライマックスの大舞台の撮影はさすがに気になったのだろう。

「見ての通りですよ。南さんのマスコミ対策はうまくいっているんですか」

「ああ、マスコミにはレミナの面が割れるシーンの極秘撮影ということで取材を遠慮してもらっている」

「マスコミがよくそれで了承しましたね」

「その代わり、映像素材は後からいくらでも渡すと言ってある」

 ようやく一連の段取りを終えた俺は、後を助監督に引き渡して南さんをケータリングブースに連れ出した。俺たちはコーヒーを片手に木陰のチェアーに腰を落とした。

「ようやくここまで来たな」

「ええ、ですがここを無事に終えないと何の意味もありません。まだまだ気が抜けませんよ」

「そうだな」

「しかし幽霊を主演にした撮影が、ここまで大変だとは思いもよりませんでした」

「全くだ。俺と田所さんはマスコミに対して嘘に嘘を重ねている。今のところうまくいっているが、いつばれるかとヒヤヒヤだぜ。いっそ全てをぶちまけたいくらいだ」

「あはは、同感です。しかしぶちまけるとしてどう説明するんです? 幽霊が主演してますよ、なんて」

「だよな。嘘つくより難しいぞ」

 二人は腹を抱えて大笑いした。ひとしきり大笑いした後、南さんがつぶやいた。

「それにレミナもがんばっているようだしな。生前より周りに気を使って、責任ある振舞をしているように見える。まあ幽霊であることが、ばれないようにしているだけかもしれないがな」

「いや、実際彼女は成長しているんですよ」

「幽霊の成長か……」

 その言葉が二人の胸に深く沈んでいく。

 コーヒーも空になり二人が腰を浮かそうとした時、助監督の山本が走り込んできた。

「大変です監督、大変です」

「何だ、どうした」

「エキストラを乗せたバスが高速で事故に巻き込まれまして、来れなくなりました」

「何だと~」

「何やと~」

 俺たちは叫びながら飛び上がった。

「バス二台で来る予定だろう。両方ともダメなのか」

「はい」

「けが人は出ているのか」

「よくわかりませんが、何人かは救急車で運ばれたようです」

 魔王のゾンビ軍団は、アクション部の役者とボランティアエキストラの計五十人で補う予定であった。撮影が昼間から夜間に変更になったことで、今朝都内某所に集合し、特殊メイクを施した後、ここへ移動してくる手はずだったのだ。それが途中の事故で来られないどころか、けが人が出ているのでは手配をやり直さなければならない。このロケ地は、天候不順の場合も考慮して四日間の契約で借りているが、大人数のエキストラを再手配するのは、時間的に無理だろう。

「えらいこっちゃ、俺はその対応に行ってくる。詳細が分かり次第連絡する。監督、後は任せた、頼んだぞ」

 南さんは脱兎のごとく駆け出していった。

「後は任せるとたのまれても、どうすりゃいいんだよ」

 俺は頭を掻きむしった。メインキャスト達は揃っている。その関連シーンだけでも撮影するしかない。


 監督が慌てふためいてスタッフたちを集めていた頃、メインキャスト達は撮影開始の時間まで銘々時間をつぶしていた。しかしその中にレミナの姿はない。

 レミナには、この撮影に備えて彼女専用のキャンピングカーが用意されていた。撮影の合間はこのキャビンで休憩するという口実だが、もちろんその間彼女は姿を消している。キャビンの中に彼女がいるように見せる偽装工作も万全だ。御手洗がその間、人が近づかないように見張っているのは言うまでもない。

 キャビンの入り口の階段に腰かけて、今日の撮影のスケジュールを確認していた御手洗のスマホが振動した。

「もしもし、御手洗です」

『ちょっと困ったことになった。スケジュールが大幅に変更になるやもしれん。そちらに行くからレミナを起こしておいてくれ』

 御手洗はすぐにレミナに連絡を入れた。

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