第10話 招かれざる客
南は、自社ホームページに初めてアップされていた『仮面の魔法少女―レミナ―の大冒険』に関する告知ページを入念にチェックしていた。
これには随分と骨を折った。何しろレミナが幽霊であるので、極力レミナに関しては秘密主義を貫こうとしたのだが、それではバランスが取れなくて、なかなか納得できるものが出来上がらなかったからだ。それに、事情を知らない社内の連中からの反発もあった。
――よし、いいだろう。予告編は本編を取り終えてから監督に頼むとしよう。
南は自社ホームページを閉じた。
お昼休みの時間はとっくに過ぎていた。行きつけの喫茶店でいつものランチと珈琲を楽しもうかと、椅子から腰をあげようとしたその時、内線電話が鳴った。
『南さんにご来客ですがどういたしますか。アポのない面会はできないとお断りしたんですが、どうしてもレミナの件でとおっしゃって』
断れ、と言おうとして慌てて聞き返した。
「何の件やて?」
『レミナの件だと……。中年の女性の方で、堀田涼子と名乗っておられます』
――堀田涼子? いったい誰だ。レミナに関することであれば断る訳にはいかんな。
「分かった、お通ししろ。それからコーヒーを二つ」
南は、極上の珈琲がただのコーヒーになってしまったことに気落ちし、がっくりと肩を落とした。
待つこと数分、秘書が中肉中背の中年の女性を案内してきた。
その女性は、薄いブルーのフレアースカートに、白地に紺の細いストライプの入ったシルクのブラウスを纏っていた。
南は全くその女性に覚えがなかったが、その面影は先日出向いたレミナの母親、藤巻玲子にどことなく似ているような気がした。
――まさか、あのレミナの伯母か。
「アポなしですが、面識がありましたでしょうか」
「大変失礼いたしました。私こういうものです」
そう言って彼女が差し出した名刺には、
『堀田興業株式会社 社長 堀田涼子』とあった。
「まあ株式会社と申しましても、ブティックやらスナックやらを地元で経営しているちっぽけな会社でして、おほほほ」
会社の所在地は清水市であった。この女性は、やはり藤巻家から追い出された長女、つまりレミナの伯母で間違いないだろう。南は下腹に力を込めた。
彼女は、嫁ぎ先の夫が経営していた会社を、夫が亡くなった後継いで何とかやっているだの、近頃は輸入品も扱いだしてそれがうまくいきそうだのと、放っておくといつまでも話していそうだったので、南はそれを遮った。
「ところで、我が社にはどのようなご用事で?」
あら嫌だ、と堀田は口元を押さえ南に笑いかけた。
「御社のホームページを拝見しましたら、鏑木レミナの主演映画の告知が上がっていましたのでこちらに参りました」
話の筋が見えない。
「それで私のところへ?」
「ええ、その方が話が早いと思いまして」
「おっしゃっている意味が分かりませんな」
初手は探り合いと言ったところか。
「
彼女がいきなり切り込んできた。
――やはりそうか。彼女はどこまで知っているのか、こりゃ下手な対応はできないな。
「でした、というのは?」
「先月、不慮の事故で亡くなりました」
「……それはお気の毒に。ご愁傷さまでした」
南は座ったまま頭を下げた。
「ですが、告知でもわかるように、レミナは今、主演映画を撮っている最中です。レミナがあなたの姪御さんである訳がないでしょう。亡くなられているんですから」
「そう、そこがおかしいのですよ」
「えっ?」
「実は私、レミナのマネージャーだったんですよ」と言って、彼女はレミナが芸能界入りした経緯を語り始めた。その内容は、初期のレッスン費用はすべて私が払ったという部分を除き、おおむね先日の母親の話と同じだった。そしてこの件で、妹とは今も絶縁状態であることなどを語った。
「今のお話では、姪御さんは芸能界入りされていませんよね」
「ええ、妹の話では……。でも、マスカレード
彼女はレミナ自身よりも芸能界に強く未練を残していたようだ。だから姪っ子にすべての情熱を注ぎ、その芸能界入りを後押し、そして自分の果たせなかった夢を託していたのだ。
「それで、マスカレード
彼女に自嘲気味な微笑みが浮かんだ。
――この勢いで何回も来られたんじゃ、そりゃ出禁にもなるだろう。
田所の苦悩の表情が思い浮かび、南は危うく笑いそうになった。
「それは単なる思い込みでしょう。現に撮影は継続しているのですから」
「だから私の気持ちに決着をつけたいのです。鏑木レミナは誰なんですか」
「それは明かせません。芸能事務所との守秘義務があります」
南は、毅然とした態度ではっきりと言い切った。
真一文字に口を結んだ彼女はピンと背筋を伸ばしたまま、南を見据えた。
しばらく二人は無言で向き合った。
「分かりました。完成した映画で確かめることにします」
そう言うと彼女は立ち上がり、南に深く一礼をすると、部屋を後にした。
彼女の後姿を見送ると、南はフウッと深いため息をついてソファーにもたれ掛かった。
――とりあえずはこれで良し。諦めてくれるといいんだが……。
彼女の持ってきた手土産の和菓子が目に入ったとたん、南の腹がキューと鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます