第4話 問題山積

 問題は山積している。


「幽霊は撮影できるのか?」


 南が当然の質問を投げかけてきた。

 幽霊が写真や動画に映り込んだとするものは枚挙にいとまはない。何より俺たちの目の前に本人が現れたのだから、それを撮影することは可能だろう。


「幽霊を撮影したことはありませんが、心霊写真とかはこの世にごまんとありますし、まあ何とかなるでしょう」


 しかしそれが可能として、多くの撮影スタッフの下で、幽霊の彼女を主役に、そしてそれがばれないように撮影するのは至難の業であることは間違いない。これは大幅に台本を書き換えないといけない。八割がた撮影が終わっていて幸いだった。


「ばれませんかね。彼女が見世物のように扱われるんじゃ」


 御手洗が心配そうにこぼした。

 当然レミナの死と彼女の幽霊で撮影していることは極秘にしなければならない。そんなことがばれた日には、映画の撮影どころではなくなってしまう。


「どこまでだったら、情報を共有していいですかね」


 俺は逆に南さんに訊ねてみた。味方は多い方がいいし、これから先、四人でこの秘密を守り通していけるのか、少し心もとなかったのだ。南さんは目を閉じ腕組みをしたまま、少しの時間考えていた。


「いや、それはしない方がいいだろう。秘密を共有する人数が多ければ多いほどばれるリスクが大きくなる」


 予想していた通りの答えが返ってきた。撮影現場での苦労が思いやられ、俺はため息をついた。


「母親にはどう説明するのです」


 田所の杞憂ももっともなことだ。亡くなったはずの娘で撮影が続いていると知ったらどんな気持ちになるだろう。


「映画の撮影を続行していることについては、申し訳ないが代役を立てたとか言っておくしかないだろう。問題はそのことが世間に漏れないようにしなければいけないことだ」


「その点はあまり心配ないと思います」と田所がレミナのアイドル活動についての事情を説明した。

 幸い彼女の母親は、娘の芸能活動に反対だったので、娘がレミナであることはおろか、芸能活動をしていることでさえ親戚には伝えていなかった。娘のアイドル活動のことは母親とレミナ本人しか知らない秘密だったのだ。


「そういうことであれば、母親さえ言い含めておけばよさそうだな。できるだけ早いうちにレミナの母親に挨拶に行こう。田所さんセッティングをよろしく頼む。あとマスコミ対応だが俺と社長で何とかしよう」


 マスコミからは、仮面アイドルの素顔が拝めるというこの映画に関して、取材依頼が殺到している。今のところ小出しの情報提供でお茶を濁しているが、それでおとなしくなる奴らではない。スタッフたちに近づいて秘密を探りに来るのは間違いない。また事情を知らない会社の上層部も、大々的に広報活動をやりたがっているはずだ。そちらについても隠し通すしかない。もしばれたら会社での地位どころか、全てを失うことになるだろう。これは南にとっても大きなリスクを抱える事案なのだ。

 白熱した議論は明け方まで続き、撮影続行の方針が固まった。

 当然この事は、この四人以外だれにも明かすことができない極秘事項となった。


「よし、撮影続行だ。彼女に呪われてはかなわんからな。だがレミナへの連絡はどうやって取るんだ」


 南がだれにともなく問いかけた。その時御手洗のスマホの着信音が鳴った。彼女は画面を見て大きく目を見開いた。


「レミナからよ、レミナから。もしもし、レミナちゃん?」


『わ~い撮影続行! 南さんありがとう』


 スピーカーフォンに切り替えた御手洗のスマホから、レミナの無邪気な声が聞こえる。姿は現していないがこの部屋にいて、我々の議論の行く末を心配していたようだ。道理で俺の悪寒が収まらないわけだ。


「で、レミナちゃんの携帯番号に掛けたら連絡取れるの?」


『璃子のスマホとなら大丈夫だと思う』


 どういう理屈かは分からないが、御手洗のスマホには繋がるらしい。どのみち、男どものスマホにはレミナの番号は登録されていないので掛けようがないのだが。

 これでレミナとの連絡係が決定した。


「御手洗さんには悪いが、ずっと現場に張り付いてもらわなくてはならない。よろしく頼む」


 俺は御手洗さんに頭を下げた。


「いえいえ、マネージャーなんてそんなもんです」


 御手洗さんは恐縮してペコペコ頭を下げた。


『遠慮なくこき使っちゃってください』


「ちょっと、レミナちゃん勘弁してよ」


 ヒリヒリとした場の雰囲気がほんの少し和らいだ。

 俺はこの先撮影を続行するにあたって、避けては通れないことを訊ねた。


「レミナ、その……、なんだ、実体化? 霊体化? はいつでもできるのか。できるとしてどのくらいの時間持つ?」


『よく分かんない。でも霊体の姿でいるのは結構疲れる』


 幽霊でも疲れるのか。まあ、実体を維持するには何らかの力が必要なのだろうから、さもありなんだ。

 その後、御手洗のスマホを介していろいろなやり取りをした。彼女も幽霊体験は初めてであり――当たり前だが――何ができるのかできないのか良く分かっていないらしい。そのあたりは、今後のことを考えてもはっきりさせておかなければならない。

 そのためのカメラテストを行うことにした。

 幸いこの一週間は夏休み期間中――撮影スタッフの働き方改革の一環――だったので、何とかなりそうだ。いや、何とかしなければならないのだ。

 また今後は、撮影に関することは監督の俺が、レミナとの連絡や霊体化した際の世話は御手洗が、社内やマスコミ対応は南と田所が担当することを決めた。

 さて、忙しくなるぞ。俺はこの前代未聞の幽霊をメインにした映画撮影を前に、湧き上がってくる高揚感を、どうすることもできないでいた。

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