第3話 レミナ登場

「何か悪寒がするのだが……」


 そう言えばと他の三人も身震いした。

 と、御手洗がガクガクと震えながら部屋の一角を指さし、「レ、レ、……」と声にならない声をあげた。何だと俺たち三人はその方向を見て「ひいっ」と声をあげ、のけぞった。


 御手洗が指さしたところに鏑木レミナが浮かんでいた。


 御手洗と田所は何か言おうとして口をパクパク開けているが声にならない。

 のけぞった反動で二人掛けのソファーごと倒れてしまった俺と南は、浮かんでいるレミナから遠ざかろうと、ほうほううのていで反対側の壁際に移動した。


「何よ、皆して幽霊を見るような目をして」

 その少し甲高い声はまさしく生前のレミナの声であった。

「レミナ、あ、あなた、死んだんじゃなかったの」

 ようやく御手洗の口からかすんだ声が発せられた。

「あっ、そうか、レミナ、死んでたんだ。てへっ」

 レミナは彼女の売りであった、顎の下で腕をXに組んで首を傾げる決めポーズを作ると、そのポーズのままスーッと降りてきて、テーブル脇にあった丸椅子に腰を下ろした。

「わ、悪かった、悪かった。遅れているギャラはちゃんと振り込む、だから迷わず成仏してくれ」

 田所は膝をついてぶるぶる震えながら手を合わせている。中小の芸能事務所では珍しくないことだが、給料の支払いが遅れていたらしい。

 だがレミナがここに現れたのは、そんな生臭いことが理由ではないらしい。腰をぬかしている四人にはお構いなしに、勝手にしゃべり始めた。


「レミナこの世に未練があるのよ、それで成仏できないらしいの。話聞いてくれる?」


 その表情は穏やかで、何も知らなければとても幽霊であるとは思えない。全く生前と変わらないレミナに、そう言われては話を聞かぬわけにはいかないだろう。

 俺たちはとりあえず、乱れた応接セットを元に戻して座りなおすと、レミナに向き合った。

 三人に促された南が訊ねた。

「そ、それで、その未練とは何かね」

「映画、映画『仮面の魔法少女―レミナ―の大冒険』よ。レミナ、初主演で張り切っていたのに死んじゃって、これじゃレミナ死んでも死にきれないわよ」

 この状況でその台詞はどうかと思うぞ、とツッコミを入れたいところを俺はぐっと我慢した。

「で、どうしたいと」

「このままレミナで撮影して、映画を完成させてほしいの、ね、いいでしょう?」

「えっ」

 俺たちは互いの顔を見合わせた。

「打ち切りだと資金も回収できないし、関係筋への対応も大変なんでしょう? なら撮影続けた方がいいじゃん。レミナ、この通り主役続けられるよ」

 レミナはそう言うと立ち上がって、映画の台詞を言い始めた。

 その台詞はシーンC16で、主人公が唱える長い呪文だった。レミナは通し稽古では、なかなかこの呪文をうまく言えこなせていなかったのだが、一字一句間違えなかったことのみならず、その言い回しも完璧だった。

 通し稽古以降、相当努力したのであろう。

 しかしその思いが、かえってレミナの魂をこの世に留めてしまったとは、何とも皮肉としか言いようがない。

 台詞を言い終えたレミナは満足したのか、ニコッと笑ってその姿を消した。


 しばらくだれも口を開くことができなかった。その沈黙に耐えかねたように南が皆に問いかけた。

「今のは……。やっぱり本物か?」

 だれも答えない。

 この間のほんの数分の出来事を、俺たちはしばらくどう受け止めていいのか混乱していた。突然のレミナ死去の報に混乱していた俺たちは、集団幻覚でも見ていたのでは、と思いたかった。

 しかし現実はそれをさせてくれなかった。

 彼女は幽霊としてここに現れたのだ。さっきまでレミナが座っていた丸椅子は、何故かぐっしょりと濡れていた。

「あれ……」

 御手洗が壁際のホワイトボードを指さした。そこにはレミナのかわいいサインが記されていた。しかも『もし断ったら呪っちゃうぞ』という言葉を添えて。

 後に残った俺たちは、この状況を整理するために再度話し合った。

 死因は分からないが、レミナが亡くなったことは間違いない。そして未完成の初主演映画に未練を残し、幽霊になってこの世にとどまり、撮影の再開と映画の完成を望んでいる。

 打ち切りや撮り直しも覚悟したこの状況で、確かにこの提案はありがたい。そうではあるのだが、果たして幽霊を主演にして撮影ができるのだろうか。


 俺たちは、新たな問題に苦悩することになった。

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