第2話 深夜会議
夜の十一時を回ろうかという時間、とある映画製作会社の長い廊下に光が漏れていた。その光はプロデューサー室からのもので、中には四人が沈痛な面持ちで、応接セットのソファーに腰を落としていた。
二人掛けのソファーに座っていた恰幅のいい男がプロデューサーの南淳也。その隣に座っているのが俺、白沢淳、映画監督だ。南の貧乏ゆすりの振幅が一段と大きくなった。
「それで彼女が死亡したというのは本当のことなのか」
「ええ、本当です。社長と一緒に彼女の霊前に線香をあげてきましたから……」
南のはす向かいに座っていた
「それにしても困ったな」
俺は天井を見上げた。彼女が初主演を務める映画を撮っている最中だったのだ。
彼女とは
こういう場合、記者会見を開き、その旨の発表と撮影中の映画の今後について公にするのが常だが、あまりに急な話だったのでまだ何の方針も定まっていなかった。そしてこのことを知っているのは、今のところここにいる四人だけだ。
御手洗の報告によると、彼女は不慮の事故で亡くなったとのことだが、その死因は教えてもらえなかったという。葬儀も身内だけで質素に済ませた後だった。
元々彼女の母親は、娘の芸能活動にいい顔をしていなかったから、そのような対応になるのも無理もない。望まぬ形ではあったのだろうが、こちらと縁が切れたことにほっとしているのかもしれない。
だが我々はそうはいかない。むしろこれからが本番となる。会社自体もそうだが、映画製作に関係するスポンサーやら主要キャストやらへの対応、それにこの映画はクラウドファンディング資本も入っているから、それらにも対応しなければならない。もちろんマスコミ対応も必要だ。
「撮影はどこまで進んでいたんだ」
「ほぼ八割は撮り終えてます」
「じゃあ残りは、編集でごまかせないのか」
「無理です。クライマックスシーンがまるまる残ってます」
「CGとか使えないのか」
「どこにそんな予算がありますか、それとも追加で出してくれるんですか」
南は『ふんっ』と鼻息をついて黙り込んだ。
「代役を立てるというのはどうです。レミナは仮面を付けてますし、それこそ面は割れていません。背格好の似ているタレントならいくらでもいます」
的を射た田所の提案だが、俺は即座に否定した。
「ダメだ。ラストでその仮面が割れて、レミナの素顔が現れるというインパクトのあるシーンがある」
鏑木レミナは、元はマスカレード
「そうですよね。ラストで面が割れるというのが、この映画の最大のウリでしたからね」
田所が残念そうに言ってから、アッと言う顔をして慌てて弁解を始めた。
「いえ、映画の中身がないとか、そう言うつもりはまったくなくてですね……。本当に、本当に申し訳ありません」
田所の本音にムッとはしたが、小さい体を更に小さくして頭を下げる田所が哀れになった俺は、いいよいいよと、手のひらをひらひらさせた。
どうせアイドル映画で中身は大したことはないと思われているんだ。予算だって大したことはないし。だが俺は手を抜いているつもりはない。アイドル映画でも映画は映画なんだ。だからこそこの状況がもどかしい。
「……では打ち切りですか」
御手洗がついに禁断の言葉を口にした。
「あほか! いくらかかっとると思っとるんじゃあ」
南は関西育ちで、感情が高ぶると関西弁が出てしまう。南の余りの剣幕に御手洗と田所は震えあがった。
保険を掛けているとはいえ、会社にとっては損失であることは間違いない。上映ラインアップに穴をあけることになるので、その穴埋め作品も必要だし、その為の宣伝も新たに打たなければならない。なによりキャストや撮影スタッフは、次の仕事を見つけなければ
しかし主役が死んでしまい、代役も利かないとなると成す術はないだろう。主演交代の撮り直しといっても、演者が死亡している場合、なかなかその後をやりたがる者はいない。また予算やキャストのスケジュール調整などもうまくいくとは限らない。打ち切りという言葉が四人の心に重くのしかかり、皆押し黙ってしまった。
その時、室内にどこからともなく嫌な空気が流れてきた。俺は背筋に冷気を感じ、体をぶるっと震わせた。
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