第28話 タダより怖いものはないって分かれば大人の証

 息を乱して吾輩たちは、急いでキレーヌ邸へ戻ってきた。

 

 祠に封印されていた魔族の子供は、ギリ生きている状態だ。

 カロザがテキパキと指示を出す。屋敷内の奥の方、人があまり立ち居寄らない空き部屋で、ディアが看病することになった。


 何か栄養がつくものを食べさせるよりもまず、魔族の看護は『魔力の輸血』が必要なのだ。ディアはちびっ子だけど、魔力の潜在能力は高いと思う。

 なにせ吾輩は元大魔王。それくらいは見抜けるのである。


 だが、それにしても二世魔族がまだこの世界にいたなんて。

 部下の恋愛沙汰に口を出さないのが良い上役の条件だけど。

 吾輩が生み出した魔族同士が、裏でこんなにもドロドロしていたとは。

 

 ……なんか仲間外れにされてたようで、吾輩少々ショックである。


 カロザはそんなこと魔族の子よりも、ラウラに黄金を見せたくてうずうずしていた。

 くっそ重いであろう黄金の塊を、軽々と持つカロザの誇らしげな顔ときたら。

 まあここは、カロザに華を持たせてやろうではないか。


 リビングに入るとカロザはメイドにラウラを呼ぶように、ことづける。

 暫く間を置いて。


 ———ドタバタバタ、ドン、ドン、ドン、ズッドーン!!


 轟音と共に天井のシャンデリアが少し揺れた。


「あ、あいたたたた……。急いで階段を降りようとしたら、足が滑って転んじゃったよ……へへへ」


 と、お尻をさすりながらラウラが姿を表した。


 この子は今後、階段のない場所で暮らしたほうがいいのかもしれない。


「ら、ラウラ様……。だ、大丈夫でしょうか……」

「うん! 平気だよ! 一日3回までは転んだうちに入らなから!」


 心配するカロザに向かって、訳のわからないマイルールを言うラウラ。

 

 流石のカロザもそれ以上、かける言葉が見つからないでいた。

 そんなカロザを見ていると、まるで孫を心配するおじいちゃんのよう。

 まったく困ったものである。

 

「バゥゥ!(早く本題!)」


 吾輩の短く吠えると、カロザがはたと我にかえる。


「そ、そうでした! お喜びください、ラウラ様! 西の山で見事な黄金を見つけてまいりました!」


 そう言うなり、ソファにかけてある布をめくって、でっかい黄金をラウラに見せた。


「う、うわあああああぁぁ! これが黄金! こんな大きいのが……全部黄金なの!?」

「はい。屋敷に戻ってすぐに鑑定しましたが、不純物など一切ない純粋な黄金の塊でございます。これを差し上げますので、ザムールにいらっしゃるお祖父様に、手紙を添えてお送りするのがよろしいかと」


 ラウラはぴょこんぴょこんと跳ねて喜んでいたが、急にピタッと動きが止まり「ふむー」と何かを考えだした。


「どうしたのですか? ラウラ様」

「あのね。この黄金をタダで貰うことはダメだと思うの」

「そ、それはなぜでしょう?」

「ベン叔父さんがね『職人は自分の腕で金を動かし、商人は物で金を動かす。だから人をタダで動かしちゃダメだ』っていつも言ってたから……」


 ほう。ラウラにしてはまともなことを言うではないか。


「だから、この黄金はタダでは受け取れません」


 ピシャリとラウラが言い放った。

 この展開はさすがにカロザも予想していなかったのだろう。

 不思議な生き物でも見るような顔つきで、カロザは目をしばたたかせた。


「で、では……どうすれば良いでしょう?」

「この黄金は、いくらくらいしますか?」

「そうですね……。大体30kgくらいありますから、およそ2000万ゴードくらいでしょうか?」

「に、に、に、にせんミャン……」


 ラウラがぽてりと床に尻餅をついた。

 そして地を這うムカデの如く、しゃかしゃかと吾輩へと突進して抱きついてきた。


「どうしようゴリラぁ! そんなお金、持ってないよぉぉ!」


 あたりまえだ。

 今日の売上を合わせても60万ゴードだ。持参した予備金を合わせても100万ゴード弱だろう。

 むしろその手持ちでこの巨大な黄金を、買えるとでも思ったのだろうか?


 大胆なのか、アホなのか。

 やっぱり後者なのだろうか。


 そしてさすがと言うべきか。カロザすかさず提案を持ちかけた。


「……ではラウラ様。こうしてはいかがでしょう。この黄金で作った黄金細工アクセサリーが売れたら、一つにつき定価の二割の手数料を、お支払いください。私どもランサ商会とラウラ様との間で取り決めた商談です。決してタダではありません」

「……え? う、うん! それならいいです! ……あ、ぜひそれでお願いします!」


 ラウラは喜びカロザに駆け寄った。


「じゃあ私、早速ベンおじさんへの手紙を書くね! 髪とペンを貸してください!」

「ええ、もちろんですとも。黄金の運送はランサ商会が責任を持ってお引き受けいたします。無論、その分のお代はしっかり頂戴いたします」


 とかなんとか言いながら、結局は格安で引き受けるんだろう。

 ラウラを見つめるカロザの笑顔が、そう語っていた。

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