第26話 無茶が許されるのは大人になるまで

 城下町カルドラから、西に10分ほど歩いた場所。

 そこにちょこんと鎮座する山はさほど大きくなく、山肌は木々で覆われていて、木の実や薬草などが採れるらしい。

 

 どうやらディアが黄金らしき物体を見たのは本当らしく。

 吾輩とカロザは、ディアに先導されながら山を登っていた。


 小ぶりな山とはいえ勾配はそれなりにあり、登山はなかなかに辛い。

 そんな吾輩とは打って変わってディアとカロザは汗ひとつ見せずに進んでいく。

 ディアに至っては、岩に飛び乗ったり、枝にぶら下がったりと、まるで山遊びをしているよう。……はしゃぎすぎだろ。


 しかし二人とも、さすがに魔族の末裔だ。

 見かけは人間に見えても、基本的な体力は桁違い。

 

 ……犬の身の吾輩に、もう少し気を配って欲しいものである。


 吾輩が息も荒く、舌を出しながら歩いていると、前を行くカロザが振り向いた。


「……キール様ともあろうお方が、これしきの登山でなんたる醜態を。……ああ、とても嘆かわしい。そして情けない」


 演技がましく手のひらで口を覆って天を仰ぐ。

 その様子を見たディアが、猿のように木の枝から枝へと飛び移って吾輩の目の前に着地した。


「———おいクソ犬。次にアタシからカロザ様のご褒美を横取りしたら、今度こそ殺すからなコラ」

「どこがご褒美だぁ! お前の目は節穴かぁぁあ! ……おいカロザぁぁ! お前はディアにどういう教育をしてるんだぁぁ!」

「これは異なことをおっしゃる。私はディアに魔族としての心構えを教えただけです。少々行き過ぎなところは否定はしませんが」


 ……カロザのヤツ。魔族の心構えとやらを、ドMと履き違えているのではないのか?


「逆境に直面しても、決して折れない強い心を持つ。……この根っこは、私を人間界の歪んだ世界へと、幾度も潜入命令を下されたキール様、他でもないあなたから薫陶を賜ったお陰ですよ」


 盛大にブーメランが返ってきた。


 ———確かにカロザを人間界に送り込んだのは吾輩だけどぉぉぉ!

 暇つぶしのネタにしたのは、否定しないけどぉぉおお!


「カロザ様以外の魔族なんて、みんな滅びてしまえばいい」


 そう吐き捨てて、ディアは先頭へと戻っていく。


「カロザぁぁあああ! 今あの子、怖いこと言ったよねっ!? アレもお主の教育なのぉぉおお!?」

「ちょっと思い込みの激しいきらいはありますが、かわいいものじゃないですか」

 

 とってもイイ顔でカロザは目を細めた。


 ……ダメだこのコンビは。

 性格が捻じ曲がったカロザと、さらに捻くれたドM属性を持つディア。

 もしも魔族の生き残りがこの二人だけだったら、最悪である。


 もうホントに縁を切りたい。

 できるだけ早くカルドラを立ち去りたい。

 でないと吾輩、この二人のどちらかに絶対殺される。


 この山に黄金細工アクセサリーの原材料となる黄金を探しにきていること自体、吾輩にしてみれば自殺行為に等しいのだ。

 黄金を見つけるてしまえば、カルドラで商売を続ける可能性が飛躍的に上がってしまう。


 ……だけど。

 ラウラがカルドラ滞在を望んでいるのも事実であり。

 それに協力してあげたい気持ちも……なくはない。


 ———あああああああぁぁあ! もうどうしよう!?  


 絶賛葛藤中の吾輩などお構いなしに、ディアはひょいひょい進んでいく。

 そして頭上から、


「カロザ様! ありましたよ! あれです!」


 元気いっぱいにそう叫んだ。


 カロザは足早に進むが、吾輩の足取りは重い。

 それでも今は、前へと進むしかない。

 

 ディアはすでに木から降りて、得意げな顔で立っていた。

 その横には……。


「か、カロザ……あれは……」

「……はい。わかっています」


 吾輩とカロザは立ち止まり、互いに顔を見合わせた。


「これですよね、その黄金って」

「「あああああああっ! ストーップ!!」」


 思わずカロザとハモってしまった。


「どうしたのですかぁ? カロザ様ぁぁ?」


 ディアは不思議そうな目をカロザに向けて、甘えた声で喉を鳴らす。


 ディアの横にある黄金。

 確かにまごうことなき黄金だ。それも直径50cmはある大きな球体。

 ただ問題は、それがどこに置かれているかだ。


 石で作られた台座には、古代文字が彫られている。

 うっすらだが、魔力の痕跡も感じ取れた。


 ———これ、絶対触っちゃいけないヤツぅぅぅぅぅ!


 そう、結界である。

 何かを封印するために、黄金で蓋をしていることはほぼ間違いない。


「……ディア。前にこの黄金を見つけたとき、持ち帰ろうとは考えなかったのですか?」

「え、だって重そうだし。変わった色だなって思ったけど、あんまり興味ないし」


 カロザの問いにあっけらかんとディアは答える。

 その無関心さが功を奏し、トラブルを未然に防いでくれていた。


「……カロザよ。これはさすがにリスクが大きい。あきらめよう」


 吾輩の言に対する答えはなく、カロザはしばらく考えた末。


「いえ、この黄金は持って帰りましょう」


 性格は悪いが切れ者のカロザとは到底思えない発言に、吾輩は耳を疑った。

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