第22話 開店初日は緊張感で下半身がスースーする

「い、いらっしゃいましぇ!」


 カミカミのラウラの接客に、来店したマダムが眉をひそめた。


 ちょっと緊張する場面になると、これである。

 相変わらずラウラのハートは豆腐のようにぷるぷるだ。


 とは言え、ラウラとカロザの頑張りもあってか、翌日には無事に開店となった。

 ちなみに店の名前は、カロザが三時間説得した末『ラウラ★アクセ』に落ち着いた。

 ラウラの名前を入れることで、どうにか納得させたのだと疲れた顔でカロザは言っていたが……。ぶっちゃけダサい。そしてザマミロ。


 まあ、そんなこんながありつつも、開店初日の今日、店内は人でごった返していた。 

 ある程度予想はしていたものの、緊張しいのラウラがここまで使い物にならないとは思わなかった。もはや戦力外である。

 なので主に接客は、カロザが孤軍奮闘の働きを見せているのだが。


「この黄金細工アクセサリーのデザインは、マダムにとてもお似合いですよ。……あぁ、しかし悲しいかな。この黄金細工アクセサリーの輝きも、マダムの麗しさの前にはかすんでしまうでしょう」

「まあ! カロザ様ったら!」


 ここはホストクラブか? とツッコミを入れてやりたいくらい、歯の浮くセリフをよくもまあ、次から次へと口にしていた。


 周りを見渡してみれば、ベン渾身の黄金細工アクセサリーに興味があるというよりも、カロザが目当てのマダムが圧倒的に多い。


 ぽつんと一人突っ立ちながら、オタオタしながらあぅあぅ言っているオットセイ化したラウラが不憫になってきた。

 

 ……なんてハラハラさせてくれる子なんだろう。

 吾輩せっかく、店内の隅っこで大人しく昼寝してようと思っていたのに。


 仕方なく吾輩はトコトコと、ラウラのそばへと歩いていく。

 ラウラと目が合うと、安堵の顔を浮かべながら、捨てられた子犬のように擦り寄ってきた。


 まるっきり立場が逆である。


「……ゴリラ、すごいお客さんの数だよね! ……でも私、何をしていいかわからないよ」

「とりあえずカロザに任せときゃいいだろ」


 吾輩が普通の声量で喋っても、カロザ目当てのマダムたちのキャーキャーした声がうるさくて、ノープロブレム。


 来店しているマダムたちからしてみれば、吾輩とラウラなんてゴミ以下である。

 実際、目の前を通りすぎた何人かのマダムたちからは、潰れた虫でも見るような侮蔑の目を向けられていた。


 まあここは我慢するしかないな。

 店が繁盛するのはいいことだし、全部売りさばけば、それだけ早くザムール村に帰れるしな。


「……ところでゴリラ。どう? この髪型。似合ってるかな?」


 いつも赤髪をひとつにまとめているラウラだが、今日は記念すべき開店日。

 カロザの指示でキレーヌ邸のメイドたちに、めかし込まれていた。


 いつも雑で野暮ったくひとつにまとめている赤髪は、丁寧な三つ編にクラスチェンジを果たしていて、塗られた椿油でキラキラと艶もある。

 着ている服も、キレーヌ邸から借りたもので上品で清楚なワンピースだ。

 なんでもキレーヌの娘が昔に着ていた服らしい。


 ……こうやって小綺麗にしていれば、いいとこの娘に見えるんだけどなぁ。

 馬子にも衣装とはよく言ったものだ。


「———ラウラ様! こちらのマダムが黄金細工アクセサリーをお買い上げでございます! どうかお会計をお願いいたします」


 と、張りのあるカロザ美声が耳に届いた。


「……ふ、ふぁい! い、今まいりましゅ!」


 対するラウラ。噛みまくりながら会計場所にと設けた、カウンターへと向かっていく。

 

 ———あああああっ! もう心配すぎて胃が痛くなってきたぁ!

 

 吾輩もラウラの後についていく。


 カロザから黄金細工アクセサリーを受け取ったラウラは、プルプル震えながら、布製の小袋に梱包する。


 そして。


「よ、よよ、よん……四万ゴードになります……」


 かすれる声で、そう言った。

 

 ベンから三万ゴードの値段で売れと言われていたのだが、それをカロザに話すと「四万ゴードで売りましょう」と、笑顔でぼったくりを提案してきたのが昨日の話。


 値段を聞いたマダムもさすがに「意外とするのねぇ」などと、小声でぼやいた。

 それでもためらいなくお金を出す素振りを見る限り、やはり店内にいるマダムたちは、この町の富裕層なのだろう。


「あ、あ、ありがとうございました! またのお越しをお待ちしていますっ!」


 今度は噛まずにラウラがちゃんと、お客を見送るセリフを言った。


「……あぁ、マダム。ちょっとお待ちを」


 カロザがマダムの足を止め。


「あなたが当店の、栄えある購入者様一人目でございます。またのご来店を、心の底からお待ちしております」


 そう言いながらかしづいて、マダムの手の甲にキスをした。


 もうそれからは大変であった。

 

 店内には絶叫がこだまして、マダムたちが我先にと、黄金細工アクセサリーを手にラウラの前に列を作った。


 店の中はてんやわんやである。

 あまりの忙しさに、ラウラの目はぐるぐる回っていた。


 そして気がつけば、店内の在庫はあっという間になくなってしまい、急遽午前中で店を閉めることになるのであった。

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