第21話 祭りは当日よりも準備期間が楽しい

「カロザさん。テーブルはこの場所でいいかなぁ?」

「お客様がショーケースからお選びになった商品を置いて、じっくりご覧になっていただくテーブルです。もう少し照明が当たる場所に移したほうがよろしいかと存じます」


 場所はカロザが用意してくれた店の中。今は開店前の準備で大忙しである。

 といっても、忙しいのはラウラとカロザの二人であって。

 吾輩は店の隅っこで、あくびを噛み殺していた。


 まあ吾輩犬だからね。開店準備の手伝いなんて無理無理。

 

「じゃあ私はお花屋さんに行ってくねっ! 綺麗なお花をたくさん買ってくるから!」

「車道には馬車が走っておりますので、道中はどうかお気をつけてくださいラウラ様。……あぁ、お会計はランサ商会のツケで良いですよ。私めの名前を出せば、大丈夫かと」


 ラウラがテテテと外へと駆け出したその直後。


「いやぁ、ラウラ様は本当に良い子ですね。あんなに瞳を輝かせている人間を見るのは久しぶりです」

「———ぐっふぉおぉぉぉぉおおおおおお!?」


 カロザが笑顔で吾輩の脇腹をかち上げた。またもやトーキック炸裂である。


 あまりの激痛に吾輩は、磨き抜かれた石床の上を転がりまわる。

 ゴロゴロまわりながら見上げると、カロザがスンとした顔で、冷たい眼差しを吾輩に向けていた。


「それに比べてまったくこの駄犬は。……ラウラ様がかいがいしく開店準備をしているというのに、キール様は一体何をしているのですか」

「ら、ラウラがいなくなって豹変するなっ! 動物虐待反対! だって吾輩何もできないじゃんっ! この肉球で何ができるっていうんだよぉぉおお!」


 カロザは「ふぅ」とため息を吐くと、


「脳まで畜生に退化したのですかキール様は。もっと頭を使ってくださいませ」


 そう言いながら、手提げカバンから何やら取り出して、吾輩の体に巻きつけていく。そしてキュッキュっとペンを走らせて。


「……さぁ。これで準備が整いました。このまま町を20周ほど駆け回ってきてください」

「おまっ! なんだよこの『祝!! 開店! 七色通りに美少女ラウラの店オープン!』って!」

「キール様ができることなんて、これくらいでしょうから」

「吾輩を風俗広告車がわりにするなぁあああ! それにこんな広い町を20周も走れるかっ!」

「本当になんの役にも立たないのですね。……このバター犬めが」

「なーに? バター犬って?」


 絶妙なタイミングで、ラウラがひょっこり帰ってきた。

 これにはさすがのカロザもうろたえるかと思ったけれど、さすが『人たらし』。口先だけは天下一品。少しも動揺することなく、しれっと答えた。


「これはこれは……バター犬のことなど、どうかお忘れくださいラウラ様。たわいもないことですので。それにラウラ様には、まだ二年ほど早い話でございますれば」


 おい。ラウラは十歳だぞ。

 二年経っても早すぎだろぉぉぉ!

 つかバター犬の適齢期なんてあるのだろうか。誰かに聞いてみたいものである。


 ……いや、そんなこたぁどうでもいいっ!

 カロザに出会ってから吾輩、ボコられまくりである。

 なんの奇跡かカロザがラウラを気に入ったのは、まだいいとして。

 だけどもこの先、カロザが吾輩たちに付きまとうのなら、このままだと吾輩の立ち位置が危うくなる。

 どうにかしてカロザをギャフンと言わせてやりたい。


「じゃあ私、お店の入り口にお花を飾ってくるね!」

「はい。ではラウラ様に飾り付けをお任せいたします。どうかお気をつけて」


 ラウラがまたも店を出る。

 ……ホント、忙しない子だなぁ。

 カロザのヤツも、ラウラがせっせと花を飾りつけている姿を見ながら、目を細めている。


 そんな目ができるも、今のうち……って、そうだぁぁぁああああ!


 思わず大声が出そうになった。つかちょっと出た。

 怪訝な顔でこちらを見るカロザに、吾輩は近づいた。


「……おいカロザ。ホントにラウラの世話を任せていいんだな」

「ええ、ええ。もちろんですとも! あの子といると心が穏やかになります。まるで自分が魔族であることを忘れてしまうくらいに、です」


 えらい入れ込みっぷりである。

 まあそのほうが、好都合であるがなっ!

 

 吾輩は店の外へと出て、ラウラにこっそり耳打ちをする。

 それを聞いたラウラは嬉しそうに店内へと戻っていく。


「……ねえカロザさん。ちょっと相談があるんだけど、いいかなぁ?」

「ええ、なんなりと。このカロザにお話しくださいませ!」


 カロザは二枚目顔をとろかした。

 だが、それも束の間で。


「お店のね、名前を考えたんだけど『クソマクリ』と『ゲリパンチ』のどちらがいいかな?」

「……え?」

「あと黄金細工この子たちの名前だけど『キンターマリア』と『ババマミーレ』と『アナルベルト』……どれも素敵な名前だよね!」

「あ、え、ええと……」


 引き攣ったカロザの顔とは対照的に、ラウラは咲き誇る花のような笑顔のまま、楽しそうにダメな名前ネーミングを羅列しまくった。

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