第20話 シンデレラガールには替えパンを用意しろ!

 城下町のメイン通りの隣に連なる小洒落た通りは、通称『七色通り』と呼ぶらしく、庶民の生活とはかけ離れた美術品やらドレスやらを販売している店が、軒を連ねていた。

 

 いわゆる高級ショッピング街ってやつだろう。

 もちろんランサ商会も、この通りに出店している。

 それも三店舗も、である。

 その事実だけ見ても、ランサ商会がこのカルドラという城下町で、それなりの信頼と地位にあるのが窺い知れる。


 さて、その『七色通り』のちょうど真ん中あたりに、大きめな十字路がある。

 街路樹が道を彩り、足を休めるベンチが置かれ、やたら上品さ醸し出されていて、人の往来のまあ多いこと。


 その十字路の一角に。

 超高級店がひしめき合う一等地のど真ん中で。

 

 産まれたての小鹿のように、ラウラはガクガク震えていた。

 

「……ご、ゴリラぁ……こ、こんなところで……商売なんてできないよぉ……!」

「バウゥン!(知るか!)」


 ラウラの背後の建物こそ、何を隠そうカロザが手配した店舗テナントだった。

 入り口の扉には見事な装飾が施され、軒先は一面のショーウィンドウ。店内に設置されたライトも、並べた商品が綺麗に照らし出されるように、きっちりと演出されている。

 

「……ねえゴリラぁ……私、ザムールに帰りたくなってきたよぉぉ……」


 まあ、気持ちはわからなくはない。

 片田舎でのんびり商売をしてきた娘っ子が、こんな大きな町のしかも一等地で、まともに商いなんぞできる訳がない。

 

 ラウラの顔がますます青ざめていく。

 今にでもオシッコを漏らしそうなほどの震えっぷりである。


「———大丈夫ですよ、ラウラ様。この私めがついています。お店の宣伝やお客様の対応などは、どうか私めにお任せください」

「……カロザさん……!」


 店内から出てきた燕尾服を着こなした優男が、ラウラの肩に手を乗せて、優しい言葉で慰めた。


 ———そこが一番納得いかーんっっっ!


 カロザが屋敷で突きつけた条件とはこうだった。


『家賃をタダにする代わりに、私めに店のお手伝いをさせてくださいませ』


 ———いや、どっからみても悪いことしか考えてないでしょ!?

 

 ラウラはアレだから、二つ返事で了諾したけど、ちゃんと考えような!?

 世の中そんな、いい人ばっかりじゃないんだよ!?


 ホント吾輩、ラウラこの子の行く末が心配でたまらない。

 そのうち悪い男にコロッと騙されて、あんなコトやこんなコトをしながらお金を稼いではむしられて、悲惨な人生を送ることになりそうで怖い。


「さ、ラウラ様。店内に入って商品の飾り付けをお願いします」

「うん! 綺麗に飾ってくるねっ!」


 カロザに励まされ幾分元気を取り戻したラウラは、小走りで店内へと消えていく。


 そして吾輩とカロザの二人きりになり。


「……おいカロザ。貴様、どーいう魂胆なんだ」

「おや? これは異なことをおっしゃいますね、ゴリラキール様。私は純粋にお二人を手伝って差し上げたいと思ってのこと。そのように詮索されるとは、いささか心外ですね」

「……お願いだからゴリラって書いてキールって読まないで」


 しかし、である。

 こんな一等地をよくもまあポンと用意できたものだ。


「この店、すっごく高いんじゃないの? 本当に大丈夫なのか? お主が勝手になんでもかんでも決めちゃって」

「ええ。私はキレーヌ様に信頼されていて、ランサ商会の経理も任されていますから。これくらいのことなど、どうとでもなるのです」


 さすが魔族の中でも一、二を争う『人たらし』である。

 そんなカロザだからこそ、吾輩が大魔王から犬になってほぼすべての魔族が滅びても、こうやって図太く生きているのであろうが。


「……で、話を戻すぞ、カロザ」

「ええ。……この私にした数々の仕打ち……恨み晴らさでおくべきか……!」

「そこまで話を戻さないでぇぇぇええ! いったい何話前の話だよぉぉ!? もういい加減忘れようよっ! 耳を引っ張ったり足を踏んだりつま先で蹴飛ばしたり、もう十分でしょぉおがぁぁぁぁああ!?」

「まだ腹三分ってところでございます」


 どんだけでっかい胃袋だよ!?

 そんなに胃が大きいなら、早く胃酸で恨みを消化してぇぇええええ!


「……まぁ、少しだけ真面目に話しますと、私も少々寂しかったのでございます。ある日突然、友と呼べる魔族が一斉に消滅して、取り残されたのは私だけ。それでも人間の生活に入り込んでいれば、多少の気は紛れましょうが、私の故郷はやはり大魔王様が住んでおられた『地下神殿』ですから」

「カロザ……お主……」

「それにキール様がお目にかけている、あのラウラという子が気になりましてね。……キール様。もう人間などの面倒にならなくても良いくらいにいるのでしょう?」


 ……さすがカロザ。吾輩の世話係の中でも突出して切れ者だっただけのことはある。

 あの禁呪法がきっかけだろうか。

 女神レイラの転生魔法は、日を増して弱りつつある。

 魔法は一切使えない。浮遊も念力も使えない。

 だけど、


「だから私も、キール様が興味を持ったラウラあの子に、興味を持ってもおかしくはないでしょう?」


 カロザは少しだけ陰りのある笑顔のまま、吾輩を見つめた。

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