第19話 ウマい話には裏があるから気をつけて

「……なるほど。ご事情はすべて理解しました。ではランサ商会の名義で店舗を一つ、借りて差し上げましょう。もちろん人通りの多い一等地の素晴らしい店舗を、ご用意致しますのでご安心を」


 テーブルに並べられた見たこともないご馳走を前に、ラウラがおろおろしながらしどろもどろに事の経緯を話し終わると、まるでカロザは『それはお困りでしょう。どうぞトイレを貸しますよ』くらいのノリで、簡単にそう言ってのけた。


 なんと一瞬にして、商談成立である。

 胡散臭いことこの上ない。

 ラウラに至っては、ぽかんと口を開けたまま「あぅあぅ」と声にならない音を発し続けている。オットセイか。

 

 ちなみに吾輩も、椅子の上に座って話を聞いている。

 ラウラの飼い犬連れと言うことで、破格の待遇らしいのだが、目の前に置かれた料理はねこまんま。当然カロザのねちっこい嫌がらせであることは言うまでもない。


 ややあって、ラウラがどうにか我を取り戻すが。


「……あぅ、あ、え、ちょ、じゃ、じゃあお店をご用意してくれるってことで良いのでしょうか?」

「はい。その通りでございます。他にまだ問題でもお抱えでしょうか?」

「い、いえ……特にほかにはなにも……」

「そうですか、それはよかった。私もお力になれてとても嬉しく思います」


 人をいとも簡単にたぶらかせそうな柔らかい笑顔で、カロザが答える。

 それを見たラウラは頬を真っ赤に染めて、モジモジしながら俯いた。


 ……さすがとしか言いようがない。

 吾輩の気まぐれな嫌がらせ任務とはいえ、長年人間界に潜入していたカロザである。人間をたらし込む術は完璧そのもの。

 

 もうラウラアイツはあてにできん。なしの方向で進めよう。

 ———ここは吾輩がしっかりしなくては!


 と意気込んでみたものの。

 吾輩、犬である。

 しかも喋ることは許されない。よって二人の会話に割って入れるはずもなく。


 ……とても困った。どうしようコレ。


 はたから見たら、ちょろい田舎娘が都会のイケメンに騙されているようにも見えなくもない。


 このままではラチがあかない。

 まずはラウラに、大切な話をさせる必要がある。

 吾輩は椅子から飛び降りて、ラウラの腰のあたりに噛み付いた。


「バルルルルッ(いい加減目を覚ませ!)」

「……ちょ、ちょっとゴリラっ!? 何するの!」


 吾輩が噛み付いたのは、ラウラの腰袋。貴重品などを入れている大切な袋である。

 そして当然そこには……。


 カシャーン。


 白い布が床に落ち、澄んだ音色を響かせた。


「もうゴリラ! それは大切な叔父さんの……」

「バウウゥバウウウ!?(そうだ! それを売るんだろ!?)」


 ラウラははっとした表情で吾輩を見た。


 ようやく気づいたか!


「えと……カロザさん、一つご相談があるのですが、聞いてもらえますか?」

「ええ、喜んで」


 ラウラはゴクリと唾を飲み込み、声を絞り出す。


「お店の名前は『ボッタクリマ』なんて、どうでしょ」

「バウウウゥゥゥゥン!(ちがぁぁぁぁぁううぅぅ!)」


 吾輩の咆哮がラウラの声量を上回る。


 こんな状況で店の名前なんてよく思いつくなっ!

 ある意味すごい子だよ、この子はぁぁぁあああ!


「バウン! バウン! ……やちん(ボソリ)」


 吾輩は仕方なく、バレないようにそっと言う。


「……やちん(ボソリ) バウッ!」


 そこでラウラもようやく気づいたようで、


「ああ! そうだカロザさん! お店をお借りするお金は、いくらくらいかかりますか?」


 ようやく本題を切り出した。


 まったく。

 このままカロザのペースで事が進んでしまったら、絶対に取り返しのつかない事態になっていたところだ。

 何せカロザアイツは吾輩を恨んでいる。根に持って何かしらの形で仕返ししようと企んでるに、決まっているのだ。

 後で法外な値段を請求されても不思議じゃない。

 こういうことは事前にはっきりさせないといけない。商談の基本である。


 だがカロザはそう動じることもなく。

 

「……家賃ですか。ラウラ様からお金を頂くつもりはなかったのですが……」


 そんな意外なことを口にする。


「ではラウラ様。お店で売買する商品を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

「は、はい……」


 カロザの真剣な眼差しに、ラウラは半ば押されながらテーブルの上で布を広げた。


「ほう! これはこれは……!」

「叔父さんが作った黄金細工アクセサリーです。これを売るために、お店を貸して欲しいのです」


 カロザはしばらく考えた後。


「これほど見事な商品なら、すぐに店は評判となることでしょう。……して家賃の件ですが、売り上げの二割を頂戴するというのはいかがでしょう?」


 売り上げの二割なら、妥当なのかもしれない。

 意外とまともなことを言うじゃないか。


「ただし、ある一つの条件を叶えてくれれば、家賃は無料で構いません。……どうでしょう?」


 そう言って続けたカロザの言葉に、ラウラは顔を喜ばせ。

 吾輩は口を開けたまま固まった。

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