第18話 悪いことしたら自分に返ってくるって親が言ってた
ギギギと鉄が擦れる音を響かせ、大きな門がゆっくりと開いていく。
吾輩たちはカロザに先導されて、キレーヌ邸の敷地に足を踏み入れた。
庭は手入れも行き届いており、広くもなく狭くもなく。
道中超えてきた山々が借景となるように、見事に計算された造りである。
金は持っているのであろうが、嫌味がない。
吾輩が感じたキレーヌの第一印象は、好感が持てるものだった。
「さあどうぞお上がりください。足元にお気をつけくださいませ」
カロザが慇懃な態度で、吾輩とラウラを屋敷の中へと案内する。
……カロザは気づいているのだろう。
吾輩の置かれた状況を。
カロザと話をつけたいが、今は無理である。
それは勿論、ラウラがすぐそばにいるからだ。
『他人の前で話すな』と言われているのにカロザに話しかければ、いくらおつむのアレなラウラでも、さすがに怪しむだろーし。
そしてカロザは、犬が喋る事実に驚いたフリなどするわきゃない。
むしろ喜んで騒ぎを大きくするだろう。
そうなると、カロザとの関係を追求されることになり。
最終的にカロザは嬉々として、吾輩の
———『この犬は大魔王の生まれ変わりですよ』と。
……想定できる最悪のケースである。
いや、カロザのことだ。
その切り札をちらつかせながら、吾輩が困っている姿を楽しんでいるのだと思う。
廊下を歩きながら、チラリとカロザが振り向いた。
吾輩と目が合うと、ニマリと顔を緩ませて———
くそぉぉぉぉぉぅ!
どうやら考えていることはほぼほぼ的中しているようである。
カロザのニヤけた顔が憎たらしくてたまらない。
胸にモヤモヤした気持ちを抱えながら、吾輩たちは部屋に通された。
客をもてなす部屋なのだろうか。
広々とした食卓には花瓶やら絵画やらが、とにかくたくさん飾られていた。
「さあ、どうぞ。奥の席にお座りくださいませ」
絢爛な部屋の雰囲気にのまれまくりでオロオロしているラウラをそっと、カロザが優しくエスコートする。
すれ違い様にさりげなく、吾輩の脚を踏みつけながら。
「いっt……バゥウッ!」
「ああぁぁあ! これはこれは! 大変失礼致しましたぁぁっ(笑)」
お、おいいいいぃぃぃぃいい! 今の絶対わざとだろぉぉ!
吾輩が人前では喋れないことを、念のため確認したんだ。
それになんだ、(笑)って。バカにしすぎだろおぉぉ!
「どうしたのゴリラ!? 急に吠えて」
「いえ、ラウラ様。私めが悪いのでございます。うっかりゴリラ様の脚を踏んでしまいまして。誠に申し訳ございません。心より謝罪をいたします」
「そうなんだ。……ちゃんと謝ったんだから、許してあげてね、ゴリラ」
「くっ……バウウゥ(後ろを見ろ)!」
今すぐ振り返って、
と、声に出せる訳もなく。
吾輩は、泣き寝入りするしかない。
コテンと首を傾げている鈍ちんのラウラじゃ、絶対に気づかないだろうな。
カロザの巧妙な嫌がらせが、心の底から腹立たしい。
つか、できれば今すぐ抹殺したい。
……ちくしょおおおおおおおぉぉぉおお!
「今度はどうしたのゴリラ!? そんなに床を転がりまわって」
吾輩の葛藤など知る由もないラウラは、上機嫌で席に着く。
「きっとこの上質な絨毯の感触が気持ち良いのでしょう。もしくは体にノミがついてかゆいのかもしれませんね」
テーブルに伏せられたグラスをラウラの前に置き直しながら、そんなセリフをカロザが吐く。
「もしよろしければ、後ほど私めがゴリラ様を浴室で洗って差し上げましょうか?」
「ホント!? ぜひおねが」
「———バウウンッ(殺す気かっ)!?」
吾輩は大声で二人の会話を掻き消した。
危うく死刑執行の許可がおりるところであった。
一瞬たりとも気が抜けない。———なんだこの無意味な緊張感はっ!
「では私めは、食事の用意をしてまいりますので、一旦失礼いたします。御用がございましたら、テーブルの上のベルでお呼びくださいませ。すぐに参ります」
そう言ってカロザは一礼をした後、厨房へと姿を消した。
……よし。そのベルは一生鳴らすもんか。
そう心に誓いながら。
「……おいラウラ! 早く要件を伝えてこの屋敷を出ようっ!」
「え? 要件って?」
「お、おまっ! その頭はニワトリ並かっ! キレーヌさんに貸店舗を借りれないか頼むためだろぉ! 忘れないでくれよぉお!」
「……あ、そうだった。ゴメンゴメン、こんな素敵なお屋敷に入ったことないから、すっかり忘れてたよ。へへへ」
———なにが『へへへ』だあああぁぁぁぁああああ!
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