第16話 さして親しくない友達からの連絡は、勧誘が9割
長身痩躯で燕尾服を惚れ惚れとするほどに着こなしているその男は、吾輩を見るなり氷のように冷えた笑顔を浮かべ出した。
切れ長な目元から、蔑むような視線が吾輩を刺す。
深く青みがかった黒髪が耳の辺りで左右均等に跳ねているご愛嬌など、まるで意に介さないほどに。
吾輩は、この男を知っている。
……でも誰だっけ!? もうここまで出かかっているんだけどっ!
ああああああああああっ! 思い出せなぃぃぃいい!
「おやおや? まさか私をお忘れではないでしょうね? 大魔王キール様」
「———お、お主は、ま、まさかカロ……ぐほぉぉぉぉおおお!?」
尖った革靴のつま先で、顔を思いっくそ蹴り飛ばされた。
動物愛護団体に見られたら、絶対に訴訟問題に発展する絵面である。
「再びお会いできて嬉しく存じます。私をかろうじて覚えておられて、至極恐縮です。キール様」
「お、おまっ! 発言と行動がちっとも噛み合ってないぞぉぉぉ!」
人間に擬態しているのですぐには分からなかったけども、ようやく思い出すことができた。
この男の名はカロザ。
大魔王時代の、吾輩の世話係だった一人である。
他の世話役は吾輩に畏れを抱き従順にしていた中で、このカロザだけは少々毛色が違っていた。
まあ吾輩に小言を言うわ言うわ。
本来なら吾輩に逆らったその時点で即処刑である。大魔王としてナメられないためにも、見せしめ的な制裁は必要不可欠なのである。
だが世話係とは、吾輩の我儘をダイレクトに受け止めてくれる、極めて貴重な
なので少々反抗されても、世話係にだけは多少の無礼を笑って許していた。
吾輩の、大きな器所以でもある。
「慕わしい気をたどって来てみれば、大魔王キール様ともあろうお方が、小汚い犬に成り下がっているではありませんか……ああ、運命とはなんて数奇なのでしょう!? できることなら、変わって差し上げたい……」
「カロザ……お主……そこまで吾輩のことを……」
「———なんて、殊勝な言葉でも期待しましたかぁぁ!? いやぁ! 至極愉快でたまりません! どうです? 今のお気持ちは!?」
「いたいぃぃ! 耳を引っ張るのはやめてぇぇぇええええ!」
やばい! カロザの目がやばい!
コイツ、絶対この状況を喜んでるよ!
んん? 待てよ。なんで
「でも何故だ? 吾輩が生み出した魔物は、吾輩が転生して、すべて命を失ったはず……ちょ! お願いだから、そんなに耳を引っ張らないでぇぇぇ!」
「おや、ご存知なかったのですか? 私はキール様が生み出した
なんてこった! それは吾輩も想像していなかった。
つか、魔族同士で子を成すなんて。そんなことも考えたことすらない。
ちょっと想像してみたが、これも絵面的にまずいな、うん。
まあ、部下の色恋沙汰には口を挟まないのが良い上役というものである。
カロザはようやく吾輩の耳を離して顔を寄せ、唐突に話を切り出してきた。
「さてさて、キール様は覚えておりますでしょうか?」
「……何をだ」
「この私にした、数々の仕打ちでございます」
……いかーん!
「大魔王として君臨して遊ばされてた節は、本当にお世話になりました。私が人型の魔族で擬態ができるのをいいことに、やれ『人間たちの労働環境が知りたい』と、トンネル工事の現場に放り込まれたり、やれ『人間の親友を作って裏切ったときの切ない気持ちが知りたい』とか、いろいろな無茶を仰られたことを」
やっぱ全部覚えてるよ! コイツ根に持ってるよ!
くどくどお説教された腹いせに、カロザに無茶でどーしよーもない任務を与えて楽しんでいたことをぉぉぉ!
どうしよう。吾輩超ピンチ。
このままだと、カロザにいじめ殺されてしまいそうである。
ヤバい。カロザの目が超コワイ。
お願い! 誰でもいいから、助けてくれぇぇぇえええ!
「———へぶしっ!」
吾輩のピンチに現れたのは。
遠目からでもダメっぷりが一目で分かる、豪快にすっ転んだラウラの姿であった。
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