第15話 初めての町ではお上りさんとバレないように

「……むにゃむぐ。このパン、なんかもさもさしてるぅぅ……」

「吾輩の尻尾を食べようとするなぁぁぁ! おい! そろそろ目を覚ませ! ラウラ!」


 夜通し走り続けた馬車の中で一晩過ごし翌朝になった。

 小さな窓からは、朝日が差し込み夜明けを知らせてくれている。

 吾輩は寝ぼけるラウラを放置して、荷物に飛び乗り外を見る。

 視界に入ったのは、大きな大きな城砦だった。


「ほら! いい加減に起きろラウラ! あれがカルドラじゃないのか!?」


 目を擦りながら窓の外を見たラウラは、一瞬で目が覚めたようだ。

 

「……う、うわぁ! すごいよゴリラ! あんな大きい建物、初めて見たよ!」


 はね橋を通り、馬車は城下町へと入っていく。

 吾輩とラウラは馬車を降り、町の入り口手前で辺りをキョロキョロ見回した。


 さすが城下町と言うだけあって、カルドラは栄えた町である。

 メイン通りには人が溢れかえっていた。


 と、ラウラが何か見つけたようで、いそいそと走り出した。


 ……嫌な予感しかしない。


 吾輩はラウラに向かって小さく吠えた。

 ラウラはその意図に気づいたようで、引き返し吾輩の隣に腰を下ろす。


「……ちょっと待てラウラ。お前、何をどうするつもりだ? ちゃんと説明してから行動してくれ」

「うーんと……とりあえずあそこにいる人たちに、キレーヌさんのことを聞いてみようかと」

 

 と、指を刺したのはその先には。

 冒険者と思しき、荒くれ者たちがたむろしていた。


「バ、バカかぁ! お前はいい人と悪い人の区別もつかないのかぁぁああ!」

「だ、だってっ! あのおじさんたち、ベン叔父さんに似てるから、きっといい人たちだよぉ!」


 ……ラウラよ。ベンはスキンヘッドで立派な悪人面だぞ。

 

「ベンを基準に物事を考えるなっ! いいかラウラ、お前は今、大金を持っているのと同じなの! 鴨がネギ背負ってる状態なの! 簡単に見ず知らずの人を、勝手に信用するなぁぁぁぁ!」

「そんなこと言われても……じゃあどうすればいいの?」

「この規模の町なら、案内所や町の衛兵くらいいるだろう? アイツらに聞くよりは、なんぼかマシだろう」


 それにしても、なんてヒヤヒヤさせてくれる子だろう。

 ……くっそ! なぜ吾輩がこんなお子様のお守りなど……。

 

 などと愚痴っても始まらない。

 仕方なく、ラウラと一緒にメイン通りの入り口まで歩いていく。

 その入り口には、衛兵らしき男が立っていた。


「こんにちは! ちょっと道を聞きたいんですが、いいですか?」

「はい、こんにちは。これは元気なお嬢さんだ。どこに行きたいんだね」


 衛兵の男は、目を細めながらラウラに答えた。

 

「ランサ商会のキレーヌさんに会いたいんですが、どこにいけばいいですか?」

「こりゃ驚いた。お嬢さん、キレーヌ殿の知り合いかね?」

「いいえ。私は直接知らないんだけど、叔父が知り合いなんです」

「そうなのかい。ランサ商会までの道は教えてあげられるけど、キレーヌ殿は多分いないぞ? 今朝、馬車でこの町を出て行ったばかりだからな」

「えええええ! い、いつ帰ってくるかわかりませんか?」

「うーん、その日に帰ってくることもあれば、一週間帰ってこないこともあるからなぁ……」

「そ、そんなぁ……」


 うーむ、これは吾輩も予想外であった。

 ベンの段取りの悪さが、すべていけない。

 よく考えたら『この子にしてあの叔父あり』である。

 血筋は争えないものだ。


 しかしこのまま何もしなければ、きっとまたラウラは暴走するだろう。

 吾輩は、トボトボと歩くラウラに向かって小さな声で話しかける。


「とりあえずランサ商会の場所は分かったんだ。行くだけ行ってみよう」

「……うん」


 ラウラは教えられた道を歩き出し、吾輩はその後についていく。


 幸いなことに、ランサ商会は歩いて数分のところにあった。

 メイン通りから一本外れた、これまた立派な大通りに、どどんと聳える大きな建物。

 人の通りはまばらだが、窓越しから見える店内には、小洒落た家具が並べられている。

 メイン通りはどちらかといえば、食品店や料理屋などが多く建ち並んでいた。

 それを考えると一本外れたこの通りは、高級嗜好のショッピング通りというところか。


「……ねえゴリラ。お店、開いてないみたいだよ」

「だな。キレーヌがいないって言ってたからな。臨時休業かもしれんな」

「こ、困るよぉぉぉ! 私、裏口に行って誰かいないか見てくる!」

「お、おまっ! ちょっと待てぇぇぇいいい!」


 しかしラウラは振り返らない。

 そのままトテテと走り出した。


 ……なんて世話のかかるお子様なんだろう!


 もういっそ放っておこうか。

 とも思ったが、そうもいかない訳で。


「ラウラ! そんな慌てるな! 荷物を落とすなよ! 誰もいなかったら、すぐ戻ってくるんだぞ! 知らない人に付いていっちゃダメだぞぉぉぉおお!」


 小さくなる背中に向かって、吾輩は叫んだ。


 ……そんなフラグを立てたくもないが、きっちり念を押さないと、絶対何かしでかすからな、あの子は。



「……おや? 懐かしい気配をたどって来てみれば、これはこれは……」



 切れ味の鋭い、刃物のような音声だった。

 

 ……吾輩としたことが。

 こうもあっさりと背後を取られるとは。


 警戒しつつ振り向くと、黒の燕尾服に白いシャツの男が、そこに立っていた。

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