第13話 人生の転機は突然に

 暇を持て余したラウラの遊び相手にも、いい加減うんざりしてきた数日後。


 吾輩はラウラに連れられて母屋に向かっていた。

 叔父のベンから、なんでも重大な話があるらしい。


「いい? ゴリラ。叔父さんの前では、絶対に喋っちゃダメだからねっ!」


 これで三度目である。

 吾輩の小屋から母屋までの短い距離を歩く中、よくもここまで同じことを言えるものだ。


「わかったわかったから! ……いい加減しつこいぞ!」


 吾輩もつい声が大きくなってしまう。

 

 わちゃわちゃ話しながら母屋の前に。扉を開いてゆっくり入る。


「おお、お前たち! まずはそこに座りなさい」


 そう言いながら、自分の目の前の椅子を指差すベンは、心なしか少しやつれて見えた。


「言われた通りゴリラも連れてきたよ。……叔父さん、大事なお話ってなーに?」


 椅子にちょこんと座ったラウラが、顔色を窺うように口を開いた。


 ベンは手に持っていたモノをそっとテーブルの上に乗せ、優しく布をめくりあげる。


「———わぁ! す、すごいキレイ!」

「どうだぁ! これが俺の本気の仕事ってもんよ。うわっはっはっはっは!」


 吾輩を膝の上に乗せたラウラは声を上げ驚き、ベンは豪快に笑い出す。

 テーブルの上には、吾輩が拾ってきた黄金を素材にして作られた、細工アクセサリーが、眩いばかりに煌めいていた。


 ……ほほぅ。これはなかなかどうして。人間にしてはやるではないか。


 黄金の細工アクセサリーは全部で二十個。一つとて同じ意匠のものはない。そのどれもが繊細で、美しく、気品すら感じられる代物だった。


「俺が今まで作った細工アクセサリーの中でも、これ以上のモノはないって出来栄えよ。まさに渾身の作品ってヤツだな」


 ベンはフフンと鼻を鳴らした。


「……どれもキラキラ光って、夜空に光るお星様みたい……。私もいつかは、こんな細工アクセサリーをくれるカッコイイ人から、プロポーズされたいなぁ」

 

 ラウラはうっとりとしながら黄金の細工アクセサリーを見つめていた。

 ……気持ちは分かるが、その前にダメなところを何とか治そうな!?


「……でも、叔父さん。この黄金の細工アクセサリーがとっても素敵なのは分かるけど、この村や隣村で買える人がいるのかな?」


 ラウラにしては、良いところに気づいたと思う。

 もちろん吾輩は、すぐに気づいていたけどな!


 この村と隣村の生活水準を考えると、この黄金の細工アクセサリーを買える者などいないだろう。


「俺の仕事っぷりを差し引いても、黄金はとても価値があるからな。値段はそうだな、一つ二万……いや、三万ゴードだ」

「さ、さ、三万ゴード!? そんな高価なモノ、誰も買えないよぉぉ!」


 二千ゴードの銀細工アクセサリーですら、村の富裕層らしきオバハンたちが購入できるレベルである。大魔王だった吾輩に生活費などといった概念はなく、細かい金勘定は苦手であるが『流石に無理じゃね?』とくらいはすぐにでも分かる。


「確かにな。近隣の村じゃ、黄金の細工アクセサリーを買える者など、いやしねえだろうな」


 そう言うとベンは、疲れを残した顔でニカっと笑い。


「そこでだ! ラウラ。お前、城下町まで行ってコレを売ってこい!」

「え……ええ? えええええぇぇ! 私がぁぁあ? 城下町って、もしかしなくてもカルドラのことだよね? ここから馬車で二日もかかる場所だよ!」

「そうだ、そのカルドラだ。……俺が行って売り捌きたいところだが、しばらく休んでいた銀細工作りもボチボチ再開しなきゃならん。だからラウラ、お前が行って売り捌いてこい」


 吾輩は見上げてラウラを見た。

 ラウラの顔には、驚きと喜びが混じっていた。


 城下町と言うくらいだから、それなりに栄えた場所なのだろう。

 この村よりもきっと刺激的で、ラウラにとっても眩い世界なのだろう。


 だけどラウラの顔からは、すでに喜びの色はない。

 不安げに、眉をハの字に曲げていた。


「でも……でも……。そんな遠いところなんて……私……」

「そんな顔で俺を見るな。お前の言いたいことは分かっている。……ゴリラも一緒に連れていけ」

「あ、ありがとう叔父さん! ———私、カルドラに一度行ってみたかったんだ! やったねゴリラ!」


 そう言いながら、抱きついてきた。

 吾輩に拒否権などない。


 だからせめて、心の中で精一杯抗議してやろう。


(———おいぃぃいい! 勝手に吾輩を巻き込むなぁぁぁああ!)

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