第12話 初めの一歩なんだから小さくて何が悪い

「え、ご、ゴリラ……今……」


 吾輩に向けたラウラの顔は驚き、そして目を見張っていた。

 頭に乗った魚の尻尾が、そんな緊張感をまるで台無しにしてはいるが。


「……え、あれ、喋れる……喋れるぞ!」

 

 吾輩も思わず声を上げてしまう。

 黄金と蜘蛛の足と処女の血を使った禁呪法は、見事に効果があったのだ。


 ———よし、ならば。


 吾輩は前脚を前に突き出して、


「……ふん! ふん! 出ろぉ! なんか出ろぉぉぉ!」


 魔法を使えるか試してみるが、てんでダメだった。


 体も特に変化はない。犬のまんまである。

 どうやら吾輩の即席禁呪法は女神レイラの強大な転生魔法を薄皮一枚のみ、破っただけのようだ。

 正直ちょっと……いや、かなりがっかりである。


「くそぉ、喋れるだけか……」


 吾輩が項垂れていると、ラウラが四つん這いで、亡者のごとく近づいてきた。


「……え? ええええ!? なんでゴリラ! なんで喋れるの?」


 うーむ。困った展開になってしまった。

 禁呪法だとか、そこらへんを説明するのも正直めんどくさいし、ラウラのおつむで理解できるとは到底思えない。

 ここはうまいこと、誤魔化すことにしよう。


「い、いやぁ。ラウラのことをもっと知りたいと神様にお願いしたら、なんか喋れるようになった」

「す、すごいよゴリラ! ゴリラとお話しができるなんて、夢みたい! 神様、ありがとうございます!」

 

 そう言うとラウラは天に向かって手を合わせた。


 ———その神様のひとりである性悪女神が、吾輩をこんな姿に変えたんだけどな!


 ひとしきり天に祈りを捧げたラウラが、真顔になって吾輩に顔を寄せてきた。


「いーい? ゴリラ。喋れることは、私とゴリラだけの秘密だよ」

「……な、なぜだ?」

「犬が喋れるなんて他の人に知られたら、きっと気味悪がられて、よくないことが起こると思うの」


 ラウラのくせに、まともな意見である。


 確かに、フツーの犬が流暢に喋っていたら、良くても村から追放。悪くて殺されてしまうかもしれない。


 人は異端を極端に嫌い、徹底的に排除する。

 魔族であった吾輩には、どうにも理解できない感情である。


 異端こそが魔族の個性だというのに。


 だが、そこは吾輩も立派な元魔族大人である。

 ラウラの意見を甘んじて聞き入れようではないか。


「……わかった。ラウラの前でしか、喋らない」

「絶対だからね! 約束だからね! 私と二人きりのときしか、喋ったらダメだかね!」


 ラウラはしつこいくらいに念を押し、吾輩に顔を寄せてくる。


「わかったわかったから! 顔が近すぎる!」

「……でも、これでゴリラとたくさんお話しができる! ヒャッホー!」


 ラウラは気でもふれたかのように、踊り狂った。

 依然として、魚の尻尾は頭に乗っかったままでままである。


 ろくな話し相手が今までいなかったのか。

 それとも吾輩と話すのことがそこまで嬉しいのか。


 真相はこれから分かるのであろう。


「———うるせーぞラウラぁ! 陽も落ちているのに近所迷惑だろーがぁぁ! それに作業にもちっとも集中できやしねぇえ!」

「ご、ごめんなさーい。ベン叔父さん」


 勢いよく窓を開けたベンに怒られるラウラ。

 横目で吾輩を見て、舌を出す。


 そんなラウラの姿に、吾輩も思わず苦笑した。


「……やれやれであるな」

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