第11話 魔法のレシピなんて大体そんなもの

(んんっ? 黄金の欠片が歯にでも挟まっていたのか)


 吾輩の唾液溜まりにきらりと輝く黄金の欠片は、小石よりも小さい。

 大魔王時代ならいざ知らず、今の吾輩はキュートな子犬である。小さな牙が黄金を噛み砕いたとは到底思えない。

 大方、雨風に晒されていた表面が劣化して、黄金を口に咥えたときにポロリと剥がれ落ちたのであろう。


 小さな黄金をまじまじ見ていると、大魔王として君臨していたつい最近の記憶が、いやが上にも蘇ってしまう。

 

 ……そりゃまあ、今まで好き放題やってきたからね。


 圧倒的な力で魔族の頂点に君臨し、何不自由のない生活。人間どもをことごとく蹂躙し、時には暇つぶしがてら吾輩自身が赴いて、絶望と恐怖を与える恐怖の存在。


 かたや今の生活はどうだろう。


 半日以上は鎖で繋がれ、普段の食事はねこまんま。犬なのだから「いぬまんま」とでも改名してもらいたいが、要は余り物をブレンドしたメニューであることに変わりはない。


 まあ当然、食事と寝る場所があるだけで、それはありがたいことではあるが、以前の生活と比べれば、天と地の差、いやそれ以上。宇宙とマントルの差くらいあるだろう。


 だが、これが不思議とストレスを感じないのはどういったことか。

 

 要因としてラウラの存在が大きいのは、認めたくはないが、事実だろう。


 ……大魔王時代、あそこまで吾輩に自然に接してくれた者など誰一人いなかった。

 

 唯一いるとすれば、吾輩の世話係くらいなものか。

 

 大魔王軍を率いていた吾輩の方針は恐怖統制。成果をあげられない者には見せしめとして、容赦なく制裁を与えていた。


 当然、制裁とは「死」である。


 その点、世話係は制裁の対象になり得ない。

 吾輩も世話をしてくれる者が減っては、何かと不便であるからだ。


 しかるに、世話役との関係は多少近かったようにも思えるが、そこはやはり吾輩大魔王。

 一定の緊張感で張り詰めていた。


 まあ。一人例外もいたのだが……。


 話がそれてしまったが、まあ話をまとめると、だ。


 ラウラの態度は、まあ、悪くない。合格点を与えようではないか。


 ごちゃごちゃ絡まった頭の中を整理して。

 吾輩は再び、落ちている黄金の欠片をじっと見つめた。

 見つめて、そして思い出した。


「バウゥゥゥウウウンンン!(すっかり忘れてたぁぁああああ!)」


 思わず遠吠えみたいになってしまった。


 黄金。

 それは希少価値のある金属であると同時に、禁呪法の触媒となることが多い。

 黄金をベースとした禁呪法は、吾輩の頭に知識としてしっかりこびりついている。


 いや、なんですぐ思い出さなかったのだ! 吾輩のアホー!


 とはいえ黄金が手に入っても、他の触媒が見当たらない。


 ……いや、よく考えるのだ、吾輩! 確かアレなら……やっぱりあった!


 吾輩は小屋の隅に駆け寄った。

 そこに転がっている小さな蛛の死骸。


 これで触媒となる「蜘蛛の足」が揃ったのだ。


 この二つを活かして生み出せる禁呪法は一つだけ。しかも触媒がもう一つ必要になる。


(ううむ……。可能性は大いにあるが、ちょっとだけ気が引けるな)


 しかもこの三つが揃ったところで、女神レイラの転生魔法を破れるとは、なかなか考えにくい。考えにくいが、転生魔法の表面に、多少の風穴くらい空けることは、できるかもしれない。


 うーむしかしと、吾輩が考えていたその時である。


「ゴリラー! 晩御飯だよー! 今日は魚の尻尾付きの豪華なご飯だよー!」


 ラウラが息を弾ませ走ってきた。


 ……ベンめ! 何が「今日は奮発する」だ!


 しかし今は魚の尻尾に憤っている暇はない。


 ええぃ! 迷っていてもしかなたい!


「バウッ!」


 吾輩は一際大きな声で吠えた。


 お約束通り、ラウラは豪快にすっ転んだ。


 ……いやぁ、ホントにハズさない子で助かった。


 吾輩は黄金の欠片と蜘蛛の死骸を咥えて、ラウラの元へ走り出す。


「……イタタタ」


 頭に魚の尻尾を乗せたラウラの元へ行き。


「ゴリラ……私のこと慰めてくれているの?」


 吾輩はすりむけたラウラの膝をペロペロ舐めた。

 そう。もう一つの触媒は「処女の血」である。ラウラがこの幼さでそーじゃなかったら、それもそれで大問題であるが。


 吾輩はラウラの血の味を感じると、口の中の黄金と蜘蛛を一緒に飲み込んだ。


 さあ、これでどうだ!?


 しかし、何も変化はない。

 何も起こりはしなかった。


 触媒の組み合わせは間違っていない。で、あるなら、女神レイラの転生魔法が単純に吾輩を上回っているだけだ。

 

 吾輩の苦労は一体何だったのだ。

 苛立ちのあまり、腹に溜めた怒りが口から吐き出された。



「……何も起こらないではないかー!」


 

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