第10話 人間なんて所詮、現金な生き物

「———お、お前! そりゃ黄金じゃねーかぁぁぁ!」


 ザムールの村の家に着き、銀細工アクセサリーの完売の報告を受けたラウラの叔父は喜んだ後、ラウラが差し出したモノを見てそれはそれは驚いた。


「ラウラっ! お、お前まさかどこからから盗んできたんじゃねーだろーなっ!」

「ち、違うよ叔父さんっ! 帰り道の森でこのゴリラが見つけたんだよ!」


 と、いう流れから、吾輩は今、ラウラたちが住んでいる母屋にいる。


 吾輩のボロ小屋とは違って、それなりの広さがあり、村に建ち並ぶ家の中でも大きいほうだ。


 それにしても人間は、ちっぽけな黄金の欠片程度でこんなにも驚くものなのか。


 もちろん吾輩だってそれなりに、黄金に価値があることは知っている。

ただ元大魔王である吾輩の神殿には黄金で作られた皿に杯、さらには水差しに燭台と、黄金をふんだんに使った日用品が身のまわりにゴロゴロと転がっていたので、そこまで驚くとは少々予想外であっただけである。


「……本当なんだな? 森で拾ったと言うのは」

「本当だよ! 信じてよ、ベン叔父さん! 私、人の物を盗んだりなんて悪いこと、絶対にしないよ!」


 ———ベンという名のライラの叔父は、手にした黄金を見つめながら。


「ふは、ははははははは! これで金細工が作れるぞっ! 黄金なんて高価な代物を扱えるなんて、職人冥利に尽きるってモンだ! よくやったラウラ!」

「叔父さん、お礼ならゴリラに言ってあげて」


 おお、そうかと言うなりベンは、吾輩の頭をわしゃわしゃ撫でると抱きついてきた。


「ありがとなゴリラ! お前は幸運を運んでくる犬なのかもしれんな!」


 ———や、やめろ! 早く離すのだ! 吾輩、おっさんに抱きつかれて喜ぶ趣味は持ち合わせてないぞ! そ、それにモロに腕が首に入ってるから!


 吾輩が嫌がる顔に気がついたのか、ラウラがフォローを入れてくれた。


「叔父さん。そんなに強く抱きついたら、ゴリラが苦しくて困っちゃうよ」

「おお、そうかそうか。それはすまなんだ。今日の夕飯は奮発するぞ、ゴリラ!」


 このベンという男にも、すっかりゴリラって名前が定着しちゃったよ。

 何も違和感なく、ゴリラなんて呼ばないでほしい。


 でも、である。

 これで当面はこの家から追い出されないですみそうだ。


「……ラウラ、しばらくの間、銀細工アクセサリー販売は中止だ」

「え!? どうして叔父さん!」

「この黄金を使って、新しい金細工アクセサリーを作り出す。それに集中したいから、銀細工作りは一旦休業だ。まあ休業と言っても三、四日くらいだろうけどな」

「その間、私は何をすればいいの?」

「お前も休みなく働いてきたからな。その間くらい、好きにしていい。しばらく休んでろ」


 ラウラは驚いた顔を一瞬見せ、すぐに表情が綻ぶと。

 飛ぶようにして吾輩に抱きついてきた。


「やったね! お休みだってゴリラ! その間いっぱい遊べるね!」


 ———ぐ、ぐぇ! お、おい、チョークチョーク! お前も首に腕がかかってるっつーのっ! お前、さっき自分で「苦しいからやめてあげて」とか言ってなかったか!?


 ラウラの喜びようはハンパなく、吾輩、危うく落とされるところであった。


 そんなやりとりがあった後、吾輩はようやく小屋に戻ることを許された。

 とてつもなく、濃厚な一日だった。


 隣村での営業活動がもたらした、オバハンたちから受けた腹の裂傷に、最後はライラたちによるダブルチョークスリーパー。

 さすがの吾輩も、もはやくたくたである。


 しかし今日の夕食は豪華にすると、叔父のベンが言っていた。

 それが唯一の楽しみなのは悲しいが、口の奥からよだれが溢れて止まらない。


 ……コロン。


 んん? 何か音がしたような。


 吾輩はきょろきょろとまわりを見渡してみる。


 音の正体は、吾輩の歯に挟まっていた、よだれまみれの小さな黄金の欠片であった。

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