第9話 探し物はなんですか。匂いのする物ですか。

 夕暮れになりザムールの村に戻る道すがら。


「今日はゴリラのおかげで銀細工アクセサリーが全部売れたよ! こんなこと初めてだよ!」


 そりゃそうだろうさ。

 アホが付けたようなめいの装飾品なんて、誰が買うか。


 今日の立役者は、完全に吾輩である。

 吾輩のミドル世代のハートに突き刺さるキュートな仕草の賜物だ。


 まあこれで、暫くはあの家から追い出されることはないだろう。

 ここはラウラに、手柄を譲ってやるとする。

 吾輩、大人であるからな。


 さて、それはさておき。

 あのクソ女神レイラが吾輩にかけた転生魔法を、なんとか無効化してやりたい。

 ぼんやりとではあるが、魔法の大枠だけは理解できていた。


 ……何せ吾輩、日中は暇であるからな。


 吾輩を子犬に変えた転生魔法は、4つの層で形成されている。まあ分かったのはここまでで、じゃあ実際にどうすればいいのかは、これから考えるところである。


 ところで吾輩、犬に身をやつしてからやたら鼻がきくようになった。

 匂いで人が近づいてくるのが分かるのだ。


 つい何日か前までは、気配察知の魔法で数百メートルの気配を察知していた頃が懐かしい。

 それが今は嗅覚に頼りきりだなんて……。なんとも情けない話ではないか。


 村に向かう吾輩の足取りはとぼとぼと。

 一方のラウラは鼻歌まじりでスキップすらしかねない軽快さだ。


 ……やっぱりなんか、納得がいかん。


 軽く殺意を覚えたそんな時。

 側道の森から嗅ぎ慣れた匂いがした。懐かしいような、そんな匂いだ。


 ……この匂いを吾輩は知っている。


「……ちょ、ちょっとゴリラ! どこに行くの!?」


 ラウラの隙をついて、手綱を手繰り寄せ、吾輩は側道に入っていく。側道は奥に進むにつれ、草木が生えそろい、深い森になっていた。


「ゴリラー! どこ行ったの! お願いだから戻ってきて〜!」


 ラウラが涙目になりなながら、叫ぶ姿が遠目に見えた。


 ———やっぱりついてきてしまったか! ええぃ! めんどくさいヤツめ!


「バウッ!(ここだ!)」


 仕方なく吾輩は居場所を知らせるために、軽く吠える。

 

「あ、ゴリラ! 今そっちにいくから待っててね!」

 

 ———ええい、くるな! お前が迷子になったら面倒だろうが!


 匂いの元へと行きたいが、ラウラがはぐれてしまうのも後々困るし、怪我でもさせたら厄介だ。


 仕方ないからラウラが吾輩を見失わないように一定の距離を保ちながら、ゆっくりと匂いの元へと進んでいく。


 ラウラはなんてことない小さな石に足を滑らせながら、枯れた小枝に躓きそうになりながら、懸命に吾輩を追ってくる。


 なんて、なんて鈍臭い子なんだろう……。


 ラウラの短所をまたも見つけてしまった。

 そもそもこの子に長所はあるのだろうかと、疑いたくなるくらいのダメっぷりだ。


 見てるこっちがハラハラしてくる。

 しょうがないから特別に、人を飽きさせない危なかしさを、長所としてカウントしてあげよう。


 ラウラに対して保護者の気分で気を使いながら、匂いの元へと近づいていく。

 

 後少しだ。

 ……ラウラ、怪我とかしないで。超おねがいだから。


 そして目的の場所に辿り着いた。


 おお、匂いの元はこれであったか!


 大魔王時代、吾輩のそばに極々自然にあったなんてことはないモノではあるが、こんな場所で見つけると、懐かしささえ込み上げてくる。


 ラウラがようやく追いついた。


「はぁ、はぁ……もうゴリラ。一人で森に入っちゃ危ないよ」


 どの口が言うんだ。

 危ないのはラウラお前だろうが!


 吾輩は口でソレを持ち上げて、見せてやる。ラウラは吾輩が咥えているモノに気づくと、目を見開いた。


「こ、これは……」


 吾輩の口からのソレを受け取ったラウラは、まじまじと見つめながら。


「……なんだろう? コレ」


 ……やっぱりラウラはアホな子なのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る