第5話 キラキラネーム

「さぁ! 今日も楽しいお散歩に行こー!」

「バウ! バウウン!(散歩なんて誰が行くか! 一人で行ってこい!)」


 吾輩がこのラウラという少女に飼われて、今日で三日目である。

 ここはザムールという名の、そんなに大きくない村で、どうやらこの少女はここの住人らしい。

 赤く長い髪を一つに束ねた少女ラウラは、おそらく10歳前後だろう。

 人間の寿命は魔族に比べて恐ろしく短いので、年齢の推測が立てやすい。


 吾輩が三日目で得た情報は、たったのそれだけだった。


 散歩と言っても、村をぶらぶら歩くだけでお終いだ。吾輩の行動範囲は猫の額ほどに狭いのである。


「まあ! そんな吠えるなんて、よっぽど嬉しいのね! じゃ行こうか! ———ゴリラ!」

「バ、バウゥゥンバウウ!(ちょ、ちょっと待て! そんなに首輪を引っ張るな!)」


 それにしてもツッコむところが多すぎて、どこから手をつけていいものやら。

 ツッコミを入れるこちらの身にもなって欲しいものだ。


 まずは名前だ、名前。

 なんだよゴリラって。犬に付ける名前じゃ絶対にないよね?

 動物に動物の名前をつけるだなんて、小一時間ほど正座をさせた後、とくと理由を聞いかせてもらいたいものだ。


 それにだ。

 吾輩が、どうして犬に転生したかもわからない。

 少しずつ思い出した記憶だと、確か女神レイラは『次に生まれ変わりたい生き物の姿を思い浮かべろ』とかなんとか言っていたような。


 人間に憎しみをつのらせながら、眠りに落ちた記憶が蘇る。

 

 ———ならばソコは、人間に転生するのが王道の流れってものじゃないの??


 あの女神レイラはいつも吾輩の考えの、斜め後ろから延髄斬りをブチかましてくるほどの性悪さである。

 吾輩が人間を憎んでるのを知っておきながら、文字通り「人間の犬」に転生させるなんて最悪だ。性格がぐにゃりとへし曲がってポッキリ二つに折れてなければできない鬼畜の所業である。


 ……イルカやペンギンって話はどこいった??


 吾輩は、今日も仕方なく飼い主であるラウラの気まぐれ散歩に付き合ってやる。

 犬に生まれ変わった吾輩に、できることは限りなく少ないのだ。


 女神レイラが吾輩の体に組み込んだ転生魔法。


 吾輩も大魔王時代は超一流の魔法を、意のままに操っていた。

 幸いなことに吾輩の頭脳には、蓄積された叡智だけはそのまま残っている。


 だから根本の魔法構築を書き換えてやろうと、転生魔法を解読しているのだが、これが恐ろしく幾重にも複雑に編み込まれていて、解読不可能。おそらくは古代魔法をベースにしているのだろう。


 魔法構築を読み解くための参考になる文献などあれば、もしかしたら魔法解除のきっかけが分かるかもしれないが、吾輩、今は犬の身である。

 何もできない。できやしない。


「今日も楽しかったね、ゴリラ!」

「バウバウウウバウン……!(お前だけだろ、楽しかったのは!)」

「ふふふ。じゃあ、晩御飯を用意するから待っててね!」


 ラウラは吾輩をオンボロの小屋に繋ぎ、家の中へと入っていく。

 今日の夕飯はなんだろう、と期待してしまう自分が情けない。


 ……ああ、本当に吾輩はこのままここで、朽ちていくのか?


「はい、ご飯だよ!」


 差し出されたご飯の美味しそうな匂いに、吾輩の意思とは関係なく、小さな尻尾がぶんぶんと振られてしまう。


 くそぅ、この尻尾めがぁ! 食いちぎってくれるわ!


「やだ、ゴリラ。晩御飯が嬉しいからってそんなにぐるぐる回って!」


 尻尾を追い回し続けるのも疲れた吾輩は仕方なく、晩御飯をもそもそ食べる。


「……ずっと一緒にいようね、ゴリラ!」


 ラウラは吾輩の頭を優しく撫でると、にっこり笑った。


 この小娘は、本心でそんなことを言っているのか?


 もしそうなら。

 

 

 ———ゴリラなんて名前、つけないで欲しかった。

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