第3話 運命の分岐点はいつだって悩むもの
奥の扉を開けて、吾輩は寝室に入った。
入るなり、鍵をかける。同時に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「どうするよコレ! とりあえず時間を稼いだのはいいけれど、どうすんのコレ!」
寝室の扉は一つだけ。まさに袋小路なのだ。
「攻撃魔法で壁に穴を空けて外に逃げるか……いや、ダメだ。ここは地下神殿の最下層。魔法一撃で地上に出られる穴なんて空けらんない。それにそんな激しい音を立てたら、流石に彼奴らだって怪しむだろう。この部屋に入ってくるだろう」
頭を抱えてうんうん唸っていると、ベッドの辺りが光に包まれた。
「お困りのようね、大魔王キールさん?」
黄金色の髪を靡かせた女神レイラが、いつの間のやらベッドに腰掛けていた。
「お、お主は女神レイラ!」
吾輩はベッドまで駆け寄ると、女神レイラに詰め寄った。
「お主があの人間どもにとんでもない恩恵を与えたもんだから、吾輩超ピンチじゃん! どうすんのこの状況!? どうやって責任とる気なのっ!?」
「いやねぁ。
「あれがちょっと!? どこがちょっと!? ちょっとの解釈間違ってない? もはや全員が人間のレベルを超えてんじゃん! 今すぐ辞書で『ちょっと』の意味を調べてみて!」
「それはあの勇者たちの努力の結果ね。私は人間の枷を外してあげただけなんだから」
「……ぐ、ぐむむ」
確かにあのレベルまで到達できたのは、間違いなくあの勇者一行の努力の賜物なのだろう。だけど今はそんなことに感心している場合じゃない。どうにかこの窮地を切り抜ける策を考えねば!
「女神レイラよ。……お願い助けて」
「……イヤ、と言ったら?」
「……道連れに、お主を殺す」
「確かに純粋な戦闘力じゃ、私は
出たよ、ハイ出ました。
俗に言う、女神の恩恵というヤツだ。
女神という種族は攻撃力が低く、魔法もあまり使えないが、そのかわり不思議な力を操ることができる。今回のように人間の潜在能力を引き出すのも、その一つだ。
実に忌々しい能力であるが、今の吾輩に選択肢はない。
吾輩は女神レイラに土下座した。
「頼む! お主の不思議な力を使って、このピンチを救ってくれ! お主と吾輩は古い付き合いじゃんか! マブダチじゃんか!」
吾輩は地面に頭を擦り付けた。この際恥や外聞など気にしていられない。
「……わかったわ。実は私も想定外だったのよね。まさかあの子たちがこんなに強くなるなんて。だからちょっと悪いことしたなと思って、ここにきたのよ」
おお、女神レイラよ! やっぱりお主は吾輩の
込み上げる嬉しさを抑えきれず、仰ぎ見た女神の顔がじっとりと笑っていた。
「じゃ、あなたを遠い所に逃してあげる。……別の生き物に転生させて、ね」
「———なっ!? それはあまりにも!」
「別の生き物と言っても、ハエやゴキブリになんかならないわよ。ちゃんと思考のある生き物よ。ペンギンとかイルカだったら、悪くないでしょう?」
ペンギンやイルカか……。ふむ、それはそれで悪くない。
って、ちょっと待つのだ!
「いや! 一瞬気持ちが揺れたけど! 確かに楽しそーだとは思ったけど! もっと他に手はないのか!?」
「そんな文句ばっかり言うならいーわよ。このまま勇者御一行サマに殺されれば……ほら、そろそろあの子らも怪しんでこの部屋に入ってくるわよ」
「ぐっ……」
「さ、どっちを選ぶの? このまま死ぬか、別の生き物として新しい命を選ぶのか、早く決めてちょーだい」
「わ、わかった! もうペンギンでもイルカでもシャチでもよいから、早くこの場から逃してくれ!」
吾輩がそういうと、女神レイラはにっこり微笑んで、光る指で魔法陣を書き出した。
「……まったく早く決めてよね。これでもアナタのことが心配でここにきたんだから」
空に浮いた魔法陣が頭上から、吾輩の体を降りていく。
と、同時に強烈な睡魔が襲ってきた。
「……あの子たちには
……何か、女神レイラが言っているが……吾輩の耳には言葉として届かなかった。
強烈な睡魔と波に揺れているような浮遊感が、吾輩の体を包み込む。
なんで吾輩がこんな目に……。
千年かけて築いた吾輩の居場所が……。
彼奴らさえここに来なければ……。
人間がいなければこんなことには……。
人間なんて、人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて人間なんて!
そして吾輩は、無に包まれた。
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