7◇お荷物
ラザファムと家の外へ出ると、外の空気が新鮮だった。狭い室内に慣れていないアルスだからそう感じるのかもしれない。
村の朝の慌ただしさを風が運んでくるのに、人はこの家に近づいてこなかった。この家は村の中心から外れている。日当たりも良くない。
だから、アルスとラザファムが表に立っていても特に人目にはつかなかったらしい。
ラザファムはアルスの方を見ずにつぶやく。
「この度は僕が至らないばかりにアルス様には大変なご迷惑をおかけ致しました。本来ならば合わせる顔もございませんが、ベルノルト様よりアルス様の供をするように申し遣っております。どうぞご同行をお許しください」
言うことは殊勝だが、こちらを見ない。やはり怒っている。
置いていったことを怒っているのか、面倒な仕事を押しつけられて怒っているのか。
「嫌なら断ればよかったんだ」
ボソッと小声で言ってみたら、ラザファムはとっさに顔色を失ってアルスの方を向いた。
しかし、いつものように強気で言い返してこない。
「断りました。僕ではなんのお役にも立てませんと。あなたよりも先に捕まり、ろくに動けもしなかったんですから。見切りをつけられる程度には役立たずです」
「い、いや、そういうことではなくて……」
どうやら、アルスがラザファムを置き去りにしたことで彼の矜持をいたく傷つけてしまったらしい。
確かにしょんぼりしているようだ。
「僕があなたでも置いていったでしょう。あれではただの荷物ですから」
「荷物って……」
大人しかった子供の頃に戻ったように卑屈なことを言う。
しかし、あれは子供だったから可愛かったのであって、大人になった今でもメソメソされては困る。
「お前がノルデン行きに乗り気じゃないから、隙を見て城に連れ戻されそうだと思って撒いただけで、役立たずとかお荷物だとか、そういう考えはなかった。逃げて悪かったな」
ふぅ、とひとつ息をつくと、ラザファムは恐る恐るアルスを見た。
こんなに成長したのに、やはりどこか昔のまま変わらない部分も残している。
アルスの言葉に嘘がないか探るような目をして、それから納得したのかラザファムは体から力を抜いた。
「さっき、ナハにも同じことを言って慰められました」
「あいつは私よりもお前に優しい」
「本当だ」
クスクスと声を立てて笑う。
やっと緊張が解れたようだ。柔らかく、珍しい笑顔だと思う。
ラザファムは、敬愛するベルノルトから義妹を頼むと送り出された。
そして、共にいることのできない親友クラウスの分まで、アルスの身に危険が及ぶのを防がなくてはならないような気になっていたのだろう。
責任感の強い男だから、アルスを危険にさらしたと自責したのかもしれない。
そこへ置き去りだ。ラザファムにああいう扱いをしてはいけなかったのだ。
どうしても、アルスはクラウスを優先するあまり他が見えなくなってしまう。
「体調はもういいんだな?」
「ええ。治療師に解毒薬をもらいました。ただし、エンテはまだ本調子ではないらしく、呼べそうにありませんが」
ラザファムが呼べる精霊はエンテだけではないけれど、呼びやすい相手ではあるのだろう。
エンテはデッセルの町での騒動で相当疲弊したようだ。あの時、彼らがどうやって精霊を閉じ込めるなどという技が使えたのか、よくわからないけれど。
「エンテと同様に捕まったナハはどうなのでしょう? 元気そうには見えますが……」
「えっ? うーん、変わりないと思うがな。疲れたら疲れたとうるさいヤツだから、調子が悪かったら言うんじゃないかな?」
「ナハはこのところ精霊界帰りもしていませんし、もともと生命力が強いとしてもたまには休ませてあげてくださいね」
「そうだな、帰ったらな」
なんて話をしていたら、小屋から、ぷぎゃーっ! というナハティガルの悲鳴が聞こえた。
コルトのところに戻ってみると、コルトは難しい顔をしてナハティガルを抱き込んで寝ているのだが、結構潰れていた。
ナハティガルが平べったい。普通の鳥だったら命に関わる。普通の鳥でなくてよかった。
「アルスぅ! 助けてぇ!」
「うん、無理だな」
「ひどぅいぃ」
ラザファムはベッドのそばに膝を突き、コルトの額に手を当てた。
「熱はそれほど高くはありませんが、疲れているのでしょうか? 父親がノルデンにいるとは聞きましたが、他に家族は?」
「多分いないんじゃないかな」
「こんな幼い子が一人暮らしなんて、この村の連中は何を考えているんでしょう?」
コルトが村を抜け出したことすら気づいていなかった。
誰もコルトのことを気にかけていない。きっと、コルトのことを心配してくれていたのは父親だけだったのだ。
だからコルトは、父親に会いたいという想いだけで飛び出した。アルスにはその気持ちが痛いほどよくわかる。
「……なあ、ラザファム。コルトの父親に何があったのか、ちょっと調べてきてくれないか?」
アルスが聞き込みをするよりはラザファムの方が上手くやれる気がした。多分、ラザファム自身もそう思ったのだろう。素直にうなずいた。
「わかりました。この子を看てくれる人も探してみます。しばしお待ちください」
「うん、頼む」
ローブの裾を翻してラザファムは出ていった。
なるべく女性に事情を訊くのがいいと思う。顔だけはよいから、その取柄を遺憾なく発揮してほしいが、無駄に愛想を振り撒けないのが残念だ。
ナハティガルは恨めしげな視線をアルスに向けている。
「ア~ル~スがぁ、寄り道ばっかりだからぁ、ボクが苦労させられてるぅ」
「悪いな」
素直に謝ったつもりが、ナハティガルのあまりの顔の平べったさに笑ってしまったら余計に怒られた。
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