21◇次なるは
アルスはしっかり眠り、食べ、体力を回復した。
その頃にはナハティガルもすっかり元気である。
「ねーえ、アルス。こんな目に遭ったのに、まだお城に帰らないの?」
「帰らない。このまま北上する」
「バカじゃないの?」
「馬鹿でいい」
ただ、あの時、フリートヘルムが得意げに語っていたことが頭に残っている。
精霊王の力が翳り、魔族が力を増していく。レムクール王国も他の国も闇に呑まれてしまうのだと。
本当にそんなことが起こり得るのだろうか。
信じがたい内容なのに、あの男の妄想だと一蹴してしまえない何かがある。
このことは姉に報せておきたかった。
アルスは宿の部屋で机に向かい、備えつけの紙に詳細を書き連ねた。署名はしなかったが、姉ならばアルスの筆跡だとわかってくれるだろう。
便箋を四つ折りにし、封筒に仕舞うと、配達夫に頼むか迷った。
とりあえず隣のラザファムの部屋をノックするが、返事はない。鍵がかかっていて入れなかった。
「ラザファム、まだ寝ているのか?」
声をかけると、通りかかった女性が教えてくれる。
「先ほど浴場へ向かわれましたよ」
「ってことは回復したのかな」
それを聞いてほっとした。やっと薬が切れたようだ。
しかし――。
アルスは腕を組んで考えた。
その結果、扉の下からラザファムの部屋へ姉への手紙を滑り込ませた。
ラザファムはどのみち、ベーレント親子のことを報告するはずだ。その補足をするのにこの手紙は役立つだろう。
彼らの屋敷には調査が入り、罪を問われる。裁きを受けるべき当人たちはもういないとしても。
姉には今度こそ、次期デッセル領主に優秀な人材を選んでもらわなくては。
「これでよし」
「よし?」
ナハティガルは首を傾げる。
アルスは急いで部屋に戻ると、荷物を引っつかんで背負った。
そして、宿を引き払って外へ出たのだった。
「アルス、まさか……」
この時になってようやく、ナハティガルはアルスの企みに気づいた。抗議するように羽をバッサバッサと広げている。
「ラザファム置いてくのっ?」
「うん」
「ひっど!」
「元気になったみたいだから平気だろう」
「そぉゆうんじゃなくっても!」
「だって、あいつがいると隙を見て連れ戻されるかもしれないし」
「帰れぇ!」
ナハティガルが悲鳴のような声を上げたが、アルスの足取りは軽やかだった。そのまま粗末な馬車に飛び乗る。
「えっと、北へ行きたい。日が暮れるまでに行けるところまで」
馬車の馭者は帽子のつばを上げて答えた。
「ナーエ村までだな」
「頼む」
ピシリと鞭を入れる音と共に馬車は動き始める。
ナハティガルは頬を膨らませて不満げだった。
「アルス、今回のことでわかったよね? 外はとぉっても危険だってこと!」
「そう。だから余計にクラウスを一人にしておけないってわかった」
「そっちか!」
ナハティガルはいつまでもアルスの髪を咥えて引っ張っていたかと思うと、今度は耳元でぐちぐちと小言めいたことを言い始めた。
アルスはすっかり慣れっこで、すべて聞き流す。
決して乗り心地がいいとは言えない馬車だが、歩くよりは速いだろう。
こうして少しずつクラウスに近づいているのだと思うと嬉しかった。
アルスが目の前に現れたら、クラウスは喜んでくれるだろうか。
喜んでくれるだろうと信じている。
だからこそ、行くのだ。
早くその瞬間が訪れることを祈って。
【 1章 ―了― 】
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