15◇領主館

 ラザファムは、アルスを待たせてデッセル領主の館へ向かった。

 エンテは猫の姿では連れていけないので、蛇になってもらってローブの中に隠した。


 門前で名前と身分を告げた。

 使用人がラザファムの来訪を領主へ伝えに行っている間に考える。


 デッセル領主、ヨズア・ベーレントとは軽く挨拶をしたことしかないが、その息子二人のことをラザファムは決して好ましくは思っていなかった。

 ラザファムだけでなく、多分クラウスも。


 軽薄な長男イングベルトは、遠巻きに見ているだけでも嫌悪感を覚えてしまった。

 アルスや女王ですらも、すべての女性を見る目に敬意よりも色欲を感じさせた。


 弟のフリートヘルムは、いつもうつむいて何かをブツブツとつぶやいていた。陰気というひと言で片づけてしまえばそれまでなのだが、ラザファムはフリートヘルムを見ていると複雑な心境になった。


 それというのも、自分と似ているような気がしてしまうからだ。

 きっと、幼少期にクラウスとアルスに出会わなければ、ラザファムはフリートヘルムと同じように育っていた。


 眩しく輝く二人と共にいたいと願ったからこそ、ラザファムは自らを奮い立たせ、励むことができたのだ。


 だから、フリートヘルムを見てるとなんとも言えない心境になる。

 彼はもう一人の自分のようだと。


「旦那様がお会いになられます。どうぞお入りください」


 ベーレントも伯爵家だ。ラザファムの家とは同格である。ないがしろにされることはなかった。

 敷地へ一歩足を踏み入れた時、ラザファムは小さな蛇に化身している精霊のエンテを放した。


 エンテはナハティガルから神経質だと言われるほど敏感だ。なんらかの差異に勘づいてくれることを期待したい。




 煌びやかな額に収まった絵画で飾られた応接室に通されると、そこには領主のベーレント卿だけでなく長男のイングベルトがいた。


 シャツにベストという略装ではあったが、急に来たのはラザファムの方なのだから気にならなかった。特別美形ではないとしても、全体的に均整が取れていて女性には好まれそうな雰囲気ではある。


「クルーガー伯の御子息がこちらにおいでとは。一体どうされたのかな?」


 ベーレント卿は五十代後半で固太りだった。貫禄があると言えるのかもしれない。整えた茶色の口髭にも白髪が混ざっている。


 手振りで座るように促され、ラザファムは革張りのソファーに座った。

 ベーレント親子と対峙する。


「ええ、実は人を捜しておりまして。このことは他言無用に願いたいのですが、長い銀髪と碧眼の妙齢の女性を捜しております。美しく気品のある、それでいて気性の激しい方です」


 これを言うと、二人は顔を見合わせていた。

 この時、侍女が紅茶を運んできた。その侍女はノーラよりもずっと年上で、髪の色も金髪だったので別人だろう。

 差し出された紅茶からは領主館で使われる上等な茶葉の香りがした。


「その特徴に合う女性を私も知っているけれど、この辺りに迷い込むようなお方ではないな。あんな方が他にいるのなら、ぜひ会ってみたいものだ」


 イングベルトが笑いを交えて言う。それでも、目が笑っていなかった。明らかに緊張している。

 ラザファムは愛想笑いも浮かべず問いかけた。


「でしたら、この辺りでそのような女性は見なかったということでしょうか?」

「そうだな。もし見かけたら引き止めて報せるよ」


 そう言ってイングベルトは微笑したが、その表情にはどこか嘲るような色が滲んでいた。それが何故なのかと考える。


 イングベルトにラザファムが侮蔑される理由は。

 同格の伯爵家であっても跡目を継げる嫡男と次男との差か。

 それとも若輩だからか。


 しかし、ラザファムは国に五人しかいない精霊術師の最年少術師として知られている。イングベルトに見下される謂れはない。


 それならば、クラウスのことか。

 追放された親友を陰でわらっているのか。

 いずれにしても不愉快極まりなかった。


「ええ、よろしくお願い致します」


 冷え冷えとした声でそれを言い、立ち上がると、父親のベーレント卿も息子と同じように口元を歪めていた。


 ――この親子はなんだ。

 ゾッと、底冷えのするものがあった。


 その時、部屋の扉がノックされた。まず目に入ったのは、現れた彼が手にした丸い球のようなガラスのびんだった。


は君のだろう? まったく、君はいつも見苦しくて見ていられないよ。どうしたって、あの姫は君のものにはならないんだから。まだわからないのかな?」


 それは陰湿な、沼の底から聞こえるような声だった。笑い声が粘りつく。

 冷や汗がラザファムの額から流れた。

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