14◇おかしい

 それから、舞い戻ったイービスが重々しい口調で報告してくれた。

 ただしそれは、アルスたちが望んだ報せではなかった。


「そのような娘は見当たらなかった。家にも両親二人だけで、娘が勤め先でどうしているだろうかと和やかに話しているばかりだ」

「ありがとう。イービス」


 ラザファムが礼を言うと、鳶の姿をしたイービスは役目を終えたとばかりにまた飛び立った。


 アルスは、ノーラが仕事を放り出して逃げるような子ではないと思いつつも、もしかするとその可能性も少しくらいはあるかもしれないと考えていたのだ。

 精霊に頼んでまで捜せないとは思っていなかった。


 動揺してしまうけれど、考えなくては。ノーラはどこへ消えたのか。


「ねえ、アルス。ここの領主館ってよく女中がいなくなるって言ってたよね?」


 ナハティガルの言葉に、アルスは思考を中断した。


「ああ。バカ息子のせいかな?」

「その人たちもノーラみたいに行方がわからなかったりして」


 あの時、立ち聞きした話から、手癖の悪い息子が女中に手をつけて捨てているのかと思った。けれどその後、暇乞いをした女中たちの消息が不明なのだとしたら、彼女たちはどこへ行ったのだ。


 これは思った以上に複雑な事態かもしれない。

 アルスがゾッとして腕を摩ると、ラザファムも眉間に皺を寄せてつぶやく。


「出て行っていないという可能性もあるのでしょうか。彼女たちはまだ領主館の中に……」


 消えたノーラは未だ領主館の中にいる。

 もしそうだとしたら、それは何故だろう。


 ノーラは何かを見てしまったのだろうか。

 見られて困る何かがあの館にはあるということか。


 エンテが気にしていた気配とやらがそこに繋がるのだとしたら――。


「もうヤだ。アルス、お城に帰ろうよぅ! それで陛下に報告して、フカフカのベッドで休もうよぅ!」


 ナハティガルがボロボロ涙を零しながら訴えた。アルスはそんなナハティガルの頭を撫でつつ、ラザファムを見上げる。


「ラザファム、お前なら領主に面会できるか?」

「何か口実を設ければ……」

「口実な。アルスわたしを捜している、なんてのはどうだ?」

「あなたの出奔は極秘です。軽く口にするわけには参りません」

「はっきり私だと言わなくても、人を捜していると言えばいい。私の特徴を言って勝手に向こうが勘繰る程度に仄めかせ」

「……では、この件が落ち着いたら、すぐに捜し人は見つかったと使用人に告げるとしましょう。そうだ、エンテにも同行してもらいます」


 ラザファムは嘆息し、それでもどこか煮えきらないようにも見えた。

 その理由がわかったので加えて言った。


「お前を領主館へ向かわせて、私だけ先に行ったりしない。私はノーラのことが気になるんだ」

「そうですね。わかりました」


 観念したラザファムはナハティガルに目を向ける。


「ナハ、アルス様が暴れないように気をつけてな」

「暴れるわけないだろうっ」

「気をつけたって暴走するけどね」


 こいつら、とラザファムにナハティガルを投げつけてやりたい気分になったが、ノーラのために我慢した。

 どうか無事で、何事もなく見つかりますようにと祈ることしかできない。




 ラザファムを送り出したアルスは、領主館の見える坂道の手前で待つことにした。

 ここならラザファムが出てきたらすぐにわかる。念のためにフードを被り、木陰で待つ。


 ――しかし、ラザファムはなかなか戻ってこなかった。


「ラザファム、接待されてるのかな? 長いねぇ」


 ナハティガルが退屈して飛び跳ねていた。ラザファムが領主館へ入ってから三時間ほど経過している。一時間もあれば十分だろうと考えていたのだが、相手が手強いのか、何か手掛かりを見つけて探り始めたのか、どちらだろう。


 エンテがついているのだから、何かあったら知らせてくれそうなものだが。


「腹が減ったな」


 何か買ってこようかと思ったが、ラザファムも何も食べていないとすると自分だけ食べづらい。ナハティガルが言うようにご馳走が出されていたら腹が立つけれど。




 日が暮れていく――。

 それでも、ラザファムもエンテも戻らなかった。


「……なあ、さすがにおかしいよな?」

「だね」


 ナハティガルもうんうん、とうなずいた。


「ラザファムがアルスのこと気にならないわけないもん。出てこれない何かがあったんだ」

「エンテはどうした?」


 精霊の善なる性質により、ラザファムが協力を願い出てそれを受けた以上、彼を見捨てるということはないはずだ。


 ナハティガルは何の意味があるのか、アルスの肩で右足を上げ、左足を上げ、準備体操のような動きを繰り返している。


「ボクにもわかんないんだよねぇ」


 わかんないらしい。

 アルスは嘆息した。


「仕方ないな。私が行く」

「えぇっ!」

「他に誰もいないじゃないか」

「素直に陛下に頼みなよ!」

「そんな暇ない」


 ナハティガルは嫌そうに目を細めたが、それからアルスの頬に頭を寄せた。


「あのさ、ボクたちでどうにかならないと思ったら逃げようね?」

「ひどいこと言うな」

「ひどくないよ。全員で捕まったら最悪だって。手に負えない時は逃げて助けを呼ぶ。ボクが言ってるコトってすごくまっとうだよ」


 相手が何をしようとしているのかもわからない。ナハティガルが言うことも頭の中には置いておかなくてはならないのも事実だ。


 アルスはノルデンを目指すにあたり、姉に連絡を取りたくはないのだが、それを言える状況ではないのだろうか。

 平穏に見えるこの町の水面下で、一体何が起こっているのだろう。


「わかったよ、ナハ」

「うん。それから、アルスを護るのがボクの仕事だ。ねえ、ボクの仕事が増えないように気を遣ってね?」

「…………」


 時々、守護精霊の選択を間違えたと思わなくもないが、アルスは領主館の裏口へ向かった。

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