13◇日なたの出会い
昼前の公園には子供を連れた母親が多かった。子供の笑い声がよく響く中、ベンチを見つけて座る。
ラザファムと二人で町の公園に座っているなんて変だと思った。
思えば、アルスがラザファムと最初に会ったのは、クラウスの家の庭だった。
あの頃はまだ婚約もしておらず、クラウスはただの友人だった。
クラウスを驚かせようと思って内緒で会いに行ったのだが、先客がいたのだ。日なたで本を広げた二人を見つけた。
その時までアルスは、クラウスは常に剣術の稽古にいそしんでいるのだと思っていた。そうでなければ、子供なのにあんなに強いはずがないと。
それが、この時のクラウスはまるで剣など一度も握ったことがないような顔をして、線の細い少年と文学について語り合っていたのだ。
アルスが入り込めないほど熱心に。
熱を帯びて語っていた男の子は、アルスの姿を認めるなり、ヒッと悲鳴のような声を上げてそれっきり黙ってしまった。
挨拶くらいすべきだろう。アルスは不服だったが、男の子は震えていた。
それを庇うように、クラウスがアルスに優しく微笑みかけた。
『アルス、僕に会いに来てくれたの?』
『そうだ。邪魔をしたな』
拗ねたように言った。実際、拗ねていた。
クラウスがアルスの知らない顔をしていたから。
クラウスは背に庇った男の子にひと言ふた言告げてからアルスに向き直る。
『彼はクルーガー伯爵家のラザファム。僕の友達だよ』
『ふぅん。私はアルステーデだ。この鳥みたいなのは私の守護精霊のナハティガル』
ふんぞり返って自己紹介をしたら、ラザファムは泣き出しそうになっていた。
こんな可愛い女の子を見て泣くとか失礼だ。お会いできて光栄です、くらい言えばいいのに。
ナハティガルはアルスの肩からクラウスの肩に飛び移り、男の子に言った。
『アルス、嚙みつかないよ?』
一番失礼なのはコイツだった。
アルスはグッと拳を握りしめた。
この時、ラザファムは涙声でボソボソとつぶやく。
『ぼ、僕は、王女殿下にお声がけして頂けるような身ではありません』
『えーっ? アルスって道端の毛虫にだって声かけるよ?』
『毛虫……』
毛虫に声をかけたことがあったかどうかは覚えていないが、ラザファムの言い分は気に入らなかった。
だからアルスはズカズカと進んで行って、面と向かって言ったのだ。
『王女だったら友達の友達に挨拶もできないのか? 私だって王女なんて好きでやってるんじゃないんだからな』
すると、クラウスはクスクスと声を立てて笑っていた。
『そうだね。アルスは元気が良すぎて、王族は窮屈かもしれないね』
『本当にそうだ。ラザファムは? 自分が望んだ家に生まれたかどうかは知らないけど、全部生まれのせいにするのか?』
いかにも気弱な子にきついことを言った。
それでも、言った方がいいような気がした。
『ぼ、僕は……』
青ざめているラザファムを、クラウスはただ庇うのではなかった。子供を見守る親のように慈愛に満ちた目を向けている。
ラザファムもそれを感じ取ったようだった。
『申し訳ありませんでした、アルステーデ姫様。自分に自信がなくて、それでつい逃げたくなってしまうのは僕の悪い癖なんです』
声は小さいけれど、ちゃんと思うことを返してくれた。だからアルスは満足だった。
『そうか。今すぐ直せ』
『簡単に言うね。アルスも今すぐデリカシー学んでよ』
『お前が言うな』
アルスがぎゃあぎゃあとナハティガルと言い合いをしている横で、クラウスとラザファムも笑っていた。
『精霊って面白いんだね』
『ナハが面白いだけじゃないかな?』
――それから、アルスはラザファムとも友達になったつもりだった。
アルスが逃げ癖を直せと言ったから、ラザファムはこんなふうに成長したのだろうか。それならあの時、もっと何かを付け足しておけばよかったのかもしれない。今更だけれど。
「何を考えているんです?」
ベンチに座ってぼうっと昔を思い出していたせいか、ラザファムにそんなことを問いかけられた。
「いや、別に」
あの大人しかった子が残念に成長したなと考えていたとは言わない。
ラザファムは勝手に想像してつぶやく。
「クラウスのことですか?」
それも間違いではなかった。
「まあな」
ポツリと返す。
「私の婚約者に立候補してくれるヤツはクラウスくらいだったな」
それを言うと、ラザファムはなんとも言えず複雑な表情を作った。笑っているような、困っているような。
「そんなふうに思っていたんですか?」
「えー? 違うの?」
ナハティガルまで首を突っ込む。
「違います。候補者はたくさんいましたよ。クラウスが黙らせただけです」
「黙らせた?」
「ええ。年上だろうとなんだろうとお構いなしに、勝負して叩き伏せたんですよ。最後まで立っていた者があなたの婚約者に相応しいって」
「あのクラウスが?」
強かったけれど、無駄な争い事を嫌う穏やかさがあった。そんなクラウスが勝負をしたというのが意外だった。
「いつも、自分以上に人の気持ちに敏感で、優しすぎるくらいでしたけど、彼にも譲れないことがあったんです。今になってこんな話をするのは残酷かもしれませんが」
ラザファムがそんなふうに言ったのは、アルスの目に涙が浮いたからだろうか。
人を傷つけるのが嫌いなのに、アルスのために戦ってくれた。
そこまで強い想いをアルスに対して持ってくれていた。
そのことが嬉しいし、切ない。
「過去形にするな。全部これからなんだ」
顔を背けてしまったから、ラザファムがどんな表情をしたのかは知らない。
ただ、ナハが二人の間に入り、場を和ませようとするのか妙な踊りをしている気配がして、少しだけ気分が落ち着いた。
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