6◇守護精霊

 アルスの剣は、アルスが十四歳の誕生日に父にねだって作ってもらった業物である。

 刀身は細いが強度は折り紙つきで、金の鍔にはアルスの瞳と同じ色をした水宝玉アクアマリンと真珠を象嵌してある。武器に宝石なんて不要だと言ったのにつけられたというのが正しい。


 その剣を抜くと、男たちは半円の陣を組み、アルスを取り囲んだ。


「冒険者みてぇだが、女一人だ。これで負けたらみっともねぇよな」

「女一人に男四人がかりの時点でみっともない」


 いつもナハティガルの相手をしてると、アルスまで口が悪くなってしまう。

 男たちは激昂した。


「こいつ……っ」

「やっちまえ!」


 ナハティガルは肩口で、あちゃー、とぼやいて飛び立った。

 それを合図に、アルスは横に飛びのく。男たちは丸腰ではなく、ナイフを手にしていた。剣を構えた男が一人いて、アルスは最初にその男に狙いを定めた。


 まず、構えがなっていない。完全なる我流だ。隙だらけで、アルスの素早い斬り込みに腰が引けていた。


 ――弱い。

 びっくりした。こんなに弱いのに旅人に喧嘩を売るのかと。


 男の剣をすくい上げるように弾き、ついでに蹴り飛ばした。そして、その近くにいた他の男も攻撃する。アルスの剣に浅く手の甲を傷つけられただけで驚いてナイフを投げ捨てた。


 そして、アルスの背後を取ろうとした三人目に向かい合った時、横から飛んだ重りのついた鎖が剣に絡みついた。こんなものを隠し持っているとは思わず、他の男たちが弱いので完全に油断していた。


 アルスは自分の慢心を恥じた。だが、二人がかりで鎖を引っ張られると、アルスの力では耐えられずに剣を奪われてしまう。


「……っ!」


 男たちは形勢逆転とばかりにほくそ笑む。


「多少腕が立とうと、所詮女だからなぁ」


 腹の立つことを言われた。これが一番頭にきた。

 もう絶対に手加減してやらない。

 アルスは上空を飛んでいたナハティガルに向けて叫んだ。


「ナハ! 来い!」


 手の平を上に向けると、ナハティガルは急降下した。アルスが何を望んでいるのか、ナハティガルには伝わっているはずだ。

 後で散々愚痴を聞かされるはめにはなるけれど。


 アルスの手に、奪われた剣と同じ形状の剣が現れた。違いがるとすれば、刀身が薄青いことだろうか。

 男たちは今、目にした光景が信じがたいらしい。ひたすらに目をしばたたいていた。アルスは容赦なく男たちに向かって剣を振るう。


 この剣は精霊ナハティガルだ。

 斬られた傷口から雷に打たれたような痺れが走る。

 男たちは悲鳴もろくに上げられないまま、ぐぅ、と呻いて倒れた。


 ヒュッ、ヒュッ、と軽やかに風を切り、アルスはナハティガルを空へ放り投げる。

 すると、ナハティガルはいつもの鳥の姿になってアルスの頭にちょんと停まった。


「ちょっと! 油断しすぎ! アルスってば口ばっかりなんだから」

「ぐっ……」

「ボクはぁ剣になるの大嫌いだって言ったでしょ! アルスの扱いは乱暴だし、ぶつけられて痛いし!」


 精霊なんだから、普通の生き物ほど痛覚もないだろうに――とか突っ込んだらもっとうるさくなるので、ここは素直に謝った。


「悪かったって。これから気をつける」

「まったくもう。世話の焼ける」


 言いたい放題だ。けれど、油断したのも事実なので今回は耐えた。

 ナハティガルはいろんなものになれて便利だが、この通りガタガタうるさいのである。


 面白そうという理由でナハティガルを選んだアルスだったが、事実あの場には守護精霊に相応しい選び抜かれた精霊だけがいたのだ。ナハティガルは未熟ながらに基礎能力だけは高かったらしい。

 アルスは鎖の巻きついた剣を取り戻し、腰の鞘に納めた。


「ナハ、世の中のためにこいつらまとめて縛って転がしておこう」

「そぉだね」


 ナハティガルは落ちている鎖のところに飛んでいき、ちょんちょんとくちばしで突いた。そうすると、鎖は何倍もの長さに伸び、転がっている男たち四人をまとめてミノムシのように縛った。


 ちなみに、傍目には少女と鳥が近くにいるだけである。鎖が勝手に蛇のように絡んで男たちを縛ったようにしか見えない。通行人がいたら目を疑っただろう。

 アルスは地面に石で、〈強盗四人組〉と刻んでおいた。


「野犬が出るかな?」

「出るかもね」


 アハハ、と笑い合い、アルスとナハティガルはエルツェ村へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る