5◇ヘチマかカボチャか
一応、地図は持ってきた。
折り畳んで服の下にねじ込んであった地図を取り出す。
「まず、最寄りの村に立ち寄る。今日はそこで休むことになるだろうな」
北へ進むルートで王都から一番近い人里は、エルツェ村だ。王都から近いこともあり、道は整備されているし、それほど苦もなく辿り着けるだろう。
「ま、そこに着く前に追手が来るかもよ。誰が来るのかはなんとなくわかるけどさ」
「そう簡単に帰らないからな。お前は追手を撒く方法でも考えておけ」
「ボクは帰りたいんですけどねぇ」
まだぼやいてるナハティガルを肩に乗せながらアルスは歩く。
なだらかな道には懇切丁寧に道を示す木札が立てられていて、これで迷子になる方が難しいだろう。
いつもは馬車に乗って移動しているから、こんなふうに歩くことはまずない。けれど、この一歩一歩がクラウスに近づいていると思えば足取りは軽かった。
城下町を出てしまえば馬車を使ってもいいかと思ったが、多分ノルデン直行の馬車はないだろう。
ノルデンはレムクール王国で最も、魔の国であるラントエンゲに近い土地だから、特別な用でもない限りむやみに近寄らない。
ほぼ打ち捨てられた未開の地と言っても過言ではなく、行き場のない無宿人たちが集う。
クラウスならばゴロツキになど負けないとは思うけれど、誠実な人柄があだになって卑劣漢に陥れられないとも限らなかった。
クラウスがそんな場所で、家族やアルスにまで裏切られたと思って過ごしているとしたら悲しすぎる。
もう二年も経ってしまったのだ。遅くなってごめん、とまずはそれを言わなくてはならない。
「アルスってばぁ、ダリウスがヤなんでしょ? まあね、わかんなくはないよ。クラウスと比べたらね、それは月とヘチマくらい違うけど。でも、ヘチマにだってさぁ、そのうち愛着が湧くようになるかもしれないじゃないさ」
「…………」
「ヘチマが嫌なら仕方ない。カボチャなんてどう? 別にさ、公爵家にこだわらなきゃいいんだよ。他にもいるでしょ? たとえばさ――」
「うるさい、このお喋り鳥!」
ちょっと歩いただけでこれだ。
ナハティガルはいつも、ひと言もふた言も多かった。
「鳥じゃないもん! 精霊だモン!」
羽をバタつかせて抗議するが、そこは大して重要ではない。鳥でも精霊でもうるさいことに変わりはないのだから。
「あーもーうるさい!」
「連れてきたのアルスのくせに!」
「お前だけ残してきたらすぐバレるだろう!」
「そりゃバラすよ! ボク悪くないもん!」
ぎゃあぎゃあと言い合いをしていたが、公道を通り過ぎる商人たちがいたのでアルスは黙り、ナハティガルのくちばしをつまんだ。
「むぐっ」
そのまま立ち止まり、商人たちの隊を見送ろうとすると、馬に乗った中年の男が声をかけてきた。
「やあ、お嬢さん、どちらまで?」
顔の半分が髭に覆われている。髭嫌いな妹のパウリーゼが見たら嫌がりそうだが、にこやかで害はなさそうだった。帯剣しているところから、商人たちの用心棒だろう。
「エルツェ村まで」
アルスが端的に答えると、男は目を細めて笑った。
「近いと言えば近いが、お嬢さんみたいな美人が一人旅なんて物騒だ。気をつけてな」
この様子だと、アルスがレムクール王国の王妹だとは気づいていないらしい。そのことに気分を良くしたアルスはにこやかに返す。
「ありがとう。そっちも気をつけて」
商人たちをやり過ごし、アルスはつぶやく。
「私が誰だかわからないようだった。私の変装もまんざらではないな」
「変装なの、それ? お姫様の恰好でしか表に出たことないしね。まあ気づかないか」
と、ナハティガルは小首を傾げていた。
「でもさ、女の子の一人旅だからって襲ってきても、普通の人間だったらひどい目に遭うよね。アルス、普通の女の子じゃないし」
「その言い方はなんだ? 私が怪獣みたいじゃないか」
「怪獣みたいなものじゃない?」
「イラッ」
――まあいい。
旅に出たばかりなのだ。ナハティガルの言動にいちいち腹を立てていたのでは、城にいるのと変わりない。
もっと心を広く、クラウスに再会した時のことを考えながら行こう。
アルスが聞き流し出したせいか、ナハティガルは肩の上で嫌がらせのように下手な歌を歌い始めたが、放っておいた。
ただひたすら足を動かし、アルスは先を急ぐ。日が暮れる前にエルツェ村にたどり着かなくては。
しかし、辺りが薄暗くなると、王都が近いとはいえ愚かな連中が出没するのである。
「お? 若い女が一人で歩いてら」
「そりゃあ声をかけねぇのは失礼ってもんだろ」
アルスは聞こえよがしに言った男たちに向け、にこりともせずに言い放った。
「いや、全然。むしろ構ってくれるな」
「……気の強そうな女だな」
男たちは四人。こんなところをフラついているのは、旅人を襲っているからだろうか。
もしそうなのだとしたら捨てておけない。姉の治世を乱すような行いは正してやろう。
アルスが剣の柄に手をやったのを見て、男たちは目配せし合った。
ナハティガルは、アルスの肩でボソリとつぶやく。
「アルス、ほどほどに……」
アルスではなく、明らかにゴロツキの心配をしていた。
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