Cさんの話『鏡のない洗い場』

 俺は子供の頃、板橋に住んでたんだ。

 その小学校のな、通学路に銭湯があったんだよ。

 子どものころは親父と結構行ってた。

 お前ら銭湯には行ったことあるか?

 うん。じゃあわかると思うけど、体を洗うところがあってな、一人分ずつ鏡と蛇口があるんだ。

 ただその銭湯の男湯には、一つだけ鏡がない洗い場があったんだ。

 割れたのかって?

 いや、違うと思う。

 割れたなり取り外したなりしたら、痕跡が残ると思うんだ。

 それが全くないんだよ。

 角を押さえている金具も、ねじが止まっていた穴もない。

 タイルに穴も開いてないから、最初からなかったんだと思う。

 それが端っこっていうわけでもなく、真ん中ってわけでもなく、端から3番目だったからすごく気になってたんだ。

 ある日小さな女の子が父親と一緒に男湯に入ってきたことがあってな。

 うん、昔は結構よくあったから誰も気にしてなかった。

 ただ、女の子はたまたまその鏡のない洗い場に座ったんだ。

 自分で持ってきたおもちゃの手鏡を棚に置いて、人形の髪を洗ってあげていた。

 俺は湯船につかりながら、なんとなく女の子のほうを見てたんだけどな、その後ろを通ったおじいさんが、ふと女の子のほうを見た瞬間、何の前触れもなくぶっ倒れた。

 口から泡吹いてたしな、床のタイルに血は撒き散らすし、銭湯は大騒ぎになった。

 救急車も来たけど、みんな思ってた、どう見ても死んでるなって。

 親から聞いた話だと、脳挫傷とかなんとか、そんな感じてほぼ即死だったらしい。

 ヒートショックかなんかで倒れた時に、床に頭をぶつけたせいだと言っていたけどな。

 違うんだよ。俺は見たから知ってる。

 おじいさんが振り返った瞬間、女の子の小さな鏡の中から青紫色の気持ち悪い顔が飛び出して、おじいさんの頭にかじりついたんだ。

 アレが出てきてしまうから、あの場所に鏡が置かれてなかったんだろうな。

 その銭湯か?

 ああ、まだやってるよ。

 行くのはいいけど、鏡のない洗い場には近づかないようにしろよ。

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