第40話 救出と再会
「どうしたんですか!?」
「どうもこうも……見てくれよ、この岩盤を!!」
「岩盤……? ……っ!!」
作業員の一人が示した先に目をやった私は、思わず言葉を失った。
土砂を取り除いた坑道の真ん中には……これ以上の侵入を防ぐように、巨大な岩盤が鎮座していた。
……地震の影響で坑木が折れて、天井が崩落した影響だろう。
「単なる土砂なら取り除けるが、これだけの大きさの岩となると……さすがに難しいんじゃないか……?」
誰かがボソリと呟いた。……目の前の岩は、見ただけでも相当の重量があると分かる。
「そんな……こんなの、どうしたらいいんだ?」
「これじゃ救助もままならないぞ……」
絶望に打ちひしがれる作業員たち。諦めのムードが辺りに蔓延し始める。
だけど私は――諦めない。必ず帰ると言ったラウル様の言葉を信じると決めた。
でも待っているだけじゃダメだ。自分に出来ることがあるのなら全力でやる。
そして今の私がすべきことは……未来の領主夫人として、絶望に呑まれそうになっている人々の心を奮い立たせることだ。
私はツルハシを手に取ると、岩盤に向かって叩きつけた。
「ちょ、姉ちゃん、何を!?」
「あの岩をどうにかしないことには、救助作業もままならないんですよね? だったら……何とかしてみます!」
「何言ってんだよ、嬢ちゃん! そんな細腕じゃ無理だって!!」
周囲の作業員たちは私の言葉に目を丸くする。でも私は彼らに微笑みかけた。
「私は、私だけは最後まで何があろうと諦めません。私はラウル・ブルーフォレスト様の婚約者、エルシー・スカーレットです」
「なっ、あんたが、いや、貴女が領主様の……!?」
「ラウル様が今ここにいらしたら、絶対に諦めない筈です。どんなに分が悪くても、どんなに無理だと言われようとも……この岩の向こうに閉じ込められた人の命がある限り、絶望に膝を折ることなんてありません!!」
私はツルハシを握る手に力を込めて、再び岩に叩きつける。
「っ……!」
ガキイィンッ!! 衝撃が両腕に伝わる。私の腕力では到底砕けそうにない岩だ。それでも私はツルハシを振り続ける。
前世の日本では、『虚仮(こけ)の一念岩をも通す』という諺があった。特別な力を持っていなくても、一途に思い続けて行動すれば、岩をも貫くことが出来るという意味だ。
思えば私はエラルド王国に転生してから、ずっとその生き方を貫いてきたように感じる。
稲作も米食も定着していない土地で田んぼを作り、稲を育て、米を収穫してお米料理を作る。
そんなことが出来たのはラウル様が理解を示してくれたおかげだ。私は絶対に彼を助けたい。これから先も、私が作る米料理を味わってほしい。
私はひたすらツルハシを振り続ける。そんな私を見かねたのか、あるいは感化されたのか。作業員の皆さんは、手分けしてツルハシを持つと一斉に岩盤に叩きつけてくれた。
「よし、俺らもやるぞ!」
「ああ! どうせこのままじゃ助けられないんだ!」
「この程度の石一つ砕けないようじゃ、ブルーフォレスト鉱山夫の名折れだぜ!!」
「……っ、皆さん……ありがとうございます! この岩盤さえ砕ければ、きっと何とかなる筈です!」
「ああ、絶対に俺らが助けてみせるさ! ……あともう少しだ!!」
ツルハシを一心不乱に振り続ける私たち。やがて岩盤に亀裂が入った。
「やった!」
「岩盤をヒビが入ったぞ! これなら何とかなる!!」
「よし、もうひと踏ん張り頑張ろうぜ!」
「おうよ!!」
これ以上は作業員たちの邪魔になる。そう判断した私は、彼らに微笑んで頷き返すと坑道を後にした。
すると坑道の入り口でウィルソン商会長に声をかけられた。
「お見事です、エルシー様」
「ウィルソンさん……」
「ブルーフォレスト領の方々の心の支えとなっているのですね。エルシー様のお陰で、皆様が前向きな気持ちになられました」
「私だけの力ではありません。私の中にいるラウル様が力を貸してくれたのです」
私がそう言うと、ウィルソン商会長はクスリと微笑んだ。
「貴女は本当に……不思議な御方だ。その場にいるだけで不思議と他人の心を動かしてしまう。きっとラウル様もそんな貴女だからこそ、変わろうと決意されたのでしょうね」
「そんな、私は……」
「ラウル様とエルシー様、お二人がご結婚なされた暁には、ブルーフォレスト領はこれまでにない繁栄を遂げることになるでしょう」
「……ありがとうございます。その為にも今はラウル様の帰還を信じましょう」
「ええ。……貴女もどうか無理だけはなさらないよう。救助活動は私どもに任せて、貴女は休息をとってください」
「はい」
ウィルソン商会長と別れた私は、少しの休憩を挟んだ後、再び炊き出しの現場に舞い戻る。
今の自分に出来ることを粛々と、淡々とこなす。
泣き言は言わない。弱音は吐かない。ラウル様がお帰りになるその時まで、私はここで彼の無事を信じて待ち続ける。
時間が過ぎていく。日が暮れて、日が昇り、また夕暮れが近付いてくる。
私たちは交代で休憩を取りながら仕事を続ける。
私たちも辛いけど、閉じ込められている人たちの方が遥かに辛い思いをしている。
だから弱音は吐かない。泣き言も言わない。ただ懸命に、救助活動を行い続ける……。
――そして、運命の時がやってきた。
「エルシー様、やりました! 坑内の奥でラウル様と鉱夫たちを発見しました!」
「……っ!!」
私は急いで現場に駆け付ける。
坑内の土砂と岩盤は取り除かれ、奥から救援隊の人たちが帰還してくるのを見つけた。私は急いでそちらに向かう。
傷だらけの鉱夫やラウル様たちが、救援隊の人々に支えられて坑道から出てくる。
「ラウル様、皆さん! 無事で良かった……!!」
「エルシーか……」
疲れ果てた様子のラウル様は、私を見ると力なく微笑んだ。その脚には血が滲んでおり、見るからに痛々しい状態だった。
だけど彼は私を見つめると、いつもの誇り高い笑顔を浮かべ、力強く言った。
「すまない……遅くなったな」
そんな彼の手を強く握って、私は返事をする。
「いいえ、こうして戻ってきてくれたんですもの。多少の遅刻は大目に見ますよ、旦那様」
私たちは互いに微笑み合う。周囲は歓喜に沸いている。けれど、私たち二人の間にはそれ以上の喜びと幸せが満ちていた。
ふと見ると、炊き出しを手伝ってくれていた女性たちも、助け出された家族との再会を喜び合っている。
地震発生から約一日半。死者は一人も出ていないようだった。全員が無事に救助された。
私たちブルーフォレスト領の面々は、一丸となって鉱山での救助活動を完遂させることが出来た。
そんな私たちを祝福するように、その日の夕日はいつになく赤く燃え盛っていた。
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