第39話 炊き出しの鍋
地震発生から丸一日が経過した。私はレノアさんや駆けつけてきたリリと一緒に、救助作業に当たる作業員さんたちへの炊き出しを行う。
事務所前の広場に炊事場を設置して、鍋でシチューやスープを煮込み、お米を炊いておにぎりを握る。
具は食べにくいイクラは避けて、先日大量に釣ったフォレストサーモンを使う。
「はい、どうぞ! 今年収穫した新米を使用したおにぎりですよ!」
「おお、ありがてえ! ……って、おにぎりってなんだ?」
「お米を握った料理です。お手軽に食べられる上に、腹持ちが良くて元気が湧いてきますよ!」
「どれどれ……」
作業員の男性は半信半疑といった様子でおにぎりに口をつける。すると次の瞬間、その表情が綻んだ。
「……うめえ! なんだこりゃ、とんでもなくうめえな!」
「それがお米の味わいです。たくさんあるので、お腹いっぱいになるまで食べていってくださいね」
私はそう言うと、休憩中の作業員さんたちにおにぎりを手渡して回る。おにぎりの評判を聞いた他の作業員たちも次々と手を伸ばしては、一口食べて絶賛の声をあげる。
一方、レノアさんとリリはシチューを配膳していた。
「フォレストサーモンと野菜のクリームシチューです。先日エルシー様が大量に釣ってきたフォレストサーモンを使用しています」
「おう、これも美味そうだな。いただきます……っ、うめえ!」
「ああ、力が湧いてくるようだ。これでまた作業を頑張れるぜ。ありがとうな、姉ちゃんたち!」
作業員たちは食事を終えると、再び救助作業に戻っていく。
不幸中の幸いというべきか、鉱山以外では大きな被害は出ていなかった。
だから動ける人々は、大半が鉱山の救助作業に従事してくれている。
私たちはそんな彼らの為に料理を作る。力仕事では役に立てない私でも、こんな形でなら役に立てる。
炊き出し係には私やレノアさんやリリの他にも、鉱夫の家族である女性たちも参加してくれている。
作業員の人々も、私たちがどこの誰かなんて判別がついていない。多分私はどこかの家の娘だと思われている。
豪快に私に声をかけ、軽く肩を叩いて現場に戻る作業員たち。そんな彼らを見てリリが頬を膨らませた。
「もう、エルシー様に向かって姉ちゃんだなんて……!」
「いいのよ、今は緊急事態だもの。作業員さんたちは必死に頑張ってくれているんですもの。小さなことを気にしている時ではないわ」
「それはそうなんですけど……。それにしても、エルシー様のレシピって本当に凄いですね。作業員たちの心を鷲掴みにしていますもの」
「皆が一生懸命作ってくれているからよ。……さあ、こっちも出来た。コンソメベースのサーモンのポトフですよ!」
大鍋をかき混ぜていた手を止める。
コンソメベースの味付けにフォレストサーモン、芋、ニンジン、タマネギ、キャベツ、ウインナーを煮込んで塩胡椒で味付けしたメニューだ。
使用しているじゃがいもは、勿論ブルーフォレスト領産の芋。新鮮なフォレストサーモンからは魚介の出汁がたっぷり出ているから、このポトフには魚介特有の旨味も溶け込んでいる。
さっそく器によそって休憩中の作業員さんに手渡す。
「はい、どうぞ」
「おうよ、サンキュー! ……うめえっ!! チクショウ、炊き出しの飯だってのに、なんでこんなに美味いんだ!?」
「このポトフ、おにぎりって料理とも妙に合うな! 一緒に食べるとまた絶品だ!」
「ああ、いくらでも食べられちまいそうだ……。まだあるか?」
「勿論ですよ、おかわりもどうぞ。遠慮せずにたくさん食べてくださいね」
作業員さんたちは忙しそうにしながらも、おにぎりとポトフをお腹に収めると再び作業に戻っていく。
みんなとても頑張ってくれている。そんな彼らの力になれるのが嬉しい一方で、どうしても拭えない不安が過ぎる。
……ラウル様たちは大丈夫かしら? 私は坑内の奥へと閉じ込められている彼らの身を案じながら炊き出しを続ける。
すると、その時だった。すぐ近くにいた配膳係の女性が、急に食器を落として蹲った。
「! どうしましたか!?」
「うっ……うぅ……あ、あの人が……夫が、鉱山の奥でお腹を空かせているのだと思うと……」
「えっ?」
「美味しそうな料理を見ていると、あの人にも食べさせてあげたいと……そう思ったら、急に体から力が抜けてしまって……」
「……」
配膳係の女性は、今にも泣き出しそうな瞳で私を見つめる。……彼女の夫も鉱山に閉じ込められた一人のようだ。
私はその女性に寄り添うと、彼女の肩を優しく抱いた。
「お辛い立場なのに、炊き出しに協力してくれてありがとうございます。まずはお礼を言わせてください」
「うぅ……っ」
「貴女のお気持ちは痛いほどによく分かります。……私も同じ立場ですから」
「え……?」
「私はエルシーと申します。ラウル・ブルーフォレスト様と近々結婚する予定です」
「……っ! あ、貴女様が……失礼しました……!!」
女の人は私の素性を知ると慌てて頭を下げる。だけど私は小さく首を横に振った。
「今は身分など関係ありません。私たちは大切な人を鉱山に閉じ込められた者同士です。同じ立場じゃありませんか」
「エルシー様……。……あの、エルシー様はなぜ、そこまで気丈に振舞えるのですか……? 私などは不安で、不安で……」
「必ずラウル様が帰ってくると信じているからです。……そしてラウル様は、領民をとても大切に思っている御方です。ラウル様がお帰りになる時には、閉じ込められた人々も一緒に帰ってくると信じています」
「……っ!!」
「だから皆様が戻ってくるまで、一緒に頑張りましょう。スムーズに救助活動が進むように、今の自分に出来ることを精一杯行いましょう」
「……はい……っ!」
女の人は頷きながら目元を拭った。その表情からは絶望が消え、瞳には希望の光が宿っていた。
そして自分の持ち場へと戻って行く。彼女は、いや、その場にいる人々はみな顔つきが変わっていた。
……少しでも元気になってもらえたのなら良かった。
私は周囲の人々の変化に安堵しながら、再び炊き出しに精を出す。
しかし、その時だった。作業現場である坑内から怒号のような声があがった。私は慌ててそちらに向かう。
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