第38話 坑道の奥で ●ラウル視点

<ラウル視点>



「……くっ……、はぁっ……」



 地面に転がったカンテラの光が、鉱山の内部を薄暗く照らし出す。


 地震発生からほんの数分だが、ラウル・ブルーフォレストは一瞬意識を失っていた。


 なぜなら彼は坑内の奥に退避する際、危うく落石に巻き込まれそうになったイアン・アームストロングを突き飛ばすと同時に、覆い被さるようにして庇った。


 その直後に脚部を襲った衝撃。……おそらく落石の直撃を受けたのだろう。



(脚をやられたか)



 そう思い、ラウルは自身の脚の状態を確かめようと視線を落とした。


 ……すると両脚が落石に挟まっていた。


 一緒に避難してきた作業員たちが、必死に岩をどかそうと頑張っている。


 幸い他に巻き込まれた者はいないようだ。脚部の痛みを感じるものの、ラウルはほっとして息を吐き出す。



「……よし、石を持ち上げたぞ! 今だ、領主様をお助けしろ!」


「ああ、任せろ!!」



 作業員たちの尽力のおかげでラウルは無事に落石から足を引き抜く。


 不幸中の幸いというべきか、落石とラウルの足の間には地面の起伏によるわずかな隙間があった。


 その隙間のおかげで足全部を押し潰されずに済み、両脚は原型を保っている。


 ……だが、骨折は免れなかったようだ。



「ぐっ……!!」



 立ち上がろうとしたラウルは激痛を感じてその場に崩れ落ちそうになる。そんなラウルを彼の下から這い出してきたイアンが支えた。



「領主様! ご無理をなさらないでください!」


「イアンか……お前は無事か……?」


「はい、領主様のおかげで……申し訳ございません、俺なんかを庇っていただいたばっかりに……!!」



 ラウルは地面に座り込むと、自分を支えてくれているイアンを見た。イアンは目に涙を浮かべて頭を下げている。ラウルは彼の肩を軽く叩いて言った。



「気にするな。民を守るのも領主の責務だ。目の前で誰かが死ぬのを……見過ごせるものか」


「……領主様……!」



 イアンはラウルの言葉に胸を打たれたように俯く。


 その言葉に感銘を受けたのはイアンだけではない。同じく鉱山内に閉じ込められた作業員たちも、感じ入った様子で威風堂々とした領主の姿を見つめる。



「領主様は俺たちのような労働者の身を、そこまで案じてくださっているのか……」


「領民を庇って自らが怪我をする領主なんて、そうそういないぞ……」


「俺、ブルーフォレスト領の領民として誇らしいです……!」



 作業員たちは口々にラウルを称賛する。だがラウルは至極真面目な顔で口を開いた。



「諸君らの気持ちは嬉しいが、気を緩めるのはまだ早い。……どうやら土砂崩れの影響で俺たちは閉じ込められてしまったようだ」


「はい、そのようですね……領主様、昨夜の落石はこの地震の予兆だったのでしょうか?」


「その可能性はあるな。……いずれにしろ、地震は鉱山内だけではなく地上でも起きただろう。どの程度の被害が出たのかは分からないが、地上の救助が優先されて鉱山は後手に回る可能性もあり得る」


「そんな……!」


「だからこそ俺たちは冷静を心がけ、適切な対処を取らねばならない。幸いここは鉱山内の作業所の一角。緊急時用の医療物資やランタンの油が置いてあるようだ。当面はこれで凌げるだろう」



 ラウルは作業所の隅を見やる。簡素に設営された作業スペースには、鉱山内で怪我人や体調不良者が出た時の為の備品がある。


 万が一の事態に備えて塩飴や飲み水も蓄えられている。


 ラウルはイアンに頼んでそれらの物資を持ってきてもらうと、閉じ込められた人数を数え、飲み水や塩飴を適切に分配する。



「……それと、これも分けておこう」



 そう言ってラウルが懐から取り出したのは、瓶詰のキャンディだ。宝石のように美しい、色とりどりのキャンディを瓶から出して作業員たちに配る。



「領主様、これは……?」


「婚約者のエルシーに後で渡そうと買っておいたものだ」


「! そんな、エルシー様への贈り物をいただく訳には参りません!」


「気にするな。このような事態になった以上、呑気なことは言っていられない。全員で無事生還するのが最優先だ」



 ラウルはそう言うと作業員全員にキャンディを配った。


 作業員たちは恐縮しながらもキャンディを受け取る。そして掌に乗ったキャンディをじっと凝視していたかと思うと、改めてラウルに謝意を示した。



「領主様、ありがとうございます!」


「領主様にこのような気にかけていただいて、俺たちは幸せです……!」


「構わない。諸君らにはしばらく辛い思いをさせてしまうだろう。だが俺も一緒だ。共にこの危機を乗り切ろう」


「はい……!」


「俺は外にいる人々を信じる。ブルーフォレスト家とウィルソン商会の人々を信じて待つ。だから諸君らも俺を信じて、今は一緒に耐え忍んでくれ。……安心しろ。俺は領民を見捨てない。ここにいる誰一人、俺の前で死なせはしない」


「領主様……!」



 作業員たちの瞳に希望の光が宿った。ラウル・ブルーフォレスト辺境伯。彼は単なる肩書だけの存在ではない。


 緊急時においても冷静さを損なわない態度。威風堂々とした振舞い。領民たちへの配慮を忘れない姿勢。


 ラウルの言動は、ともすればパニックに陥ってもおかしくない状態の労働者たちの心を完全に掴んだ。


 これから先は消耗戦だ。光が届かず時間も分からず、水と食料が限られた空間で、いつ来るとも分からない救助を待ち続けるのは拷問に近い。


 しかしラウルの存在が作業員たちの心を勇気づけた。


 ――この人を信じれば大丈夫だ。自分たちはきっと助かる。


 そう思わせてくれるカリスマ性が、ラウルにはある。


 この先、万が一自分に何かあっても、この領主様がいれば遺された家族はきっと安泰だ。作業員たちはそう確信して心を一つにする。


 ――絶対に生き残る。そしてラウル・ブルーフォレスト辺境伯に、ブルーフォレスト領に恩を返すのだ。


 ラウルへの忠誠心と希望を胸に、作業員たちは静かに救助活動を待ち続けた。

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