第37話 救助活動

 私はウィルソン商会長からの連絡を待ちながら、怪我人の受け入れと治療に奔走した。


 幸い今のところ大きな怪我人はいなかった。


 けれど地震の際に崩れた石や土で足を挫いた人や、擦り傷を負う人が多かったので、私は手当てを手伝う。


 そして地震発生から一時間ほど経ったけど、相変わらず救助作業は難航しているようだった。



「エルシー様!!」


「エリオットさん、レノアさん!!」



 事務所で作業をしている私のもとに、エリオットさんとレノアさんが駆けつけてきた。二人とも青い顔をしている。



「先程ブルーフォレスト家にも報せが届きました! ラウル様は……!?」


「……それが、まだ……」


「……そんな……!」



 エリオットさんが青ざめて絶句する。レノアさんに至ってはその場に膝をついてしまった。


 するとそこへウィルソン商会長が現れた。


 彼は救助の状況を伝える為に、定期的に事務所に戻ってきてくれる。エリオットさんとレノアさんの姿を認めると、すぐに事情を理解したのか状況を説明してくれた。



「坑道を支えている坑木が完全に折れてしまったようです……そのせいで大量の岩と土砂で坑道が完全に埋まっています。ただ不幸中の幸いというべきか、崩落した箇所は先日の落石事故の影響で無人だった為、今のところ死者は出ておりません」


「ということは、旦那様方は鉱山の深部に閉じ込められているということですか……! 空気は大丈夫なのですか!?」



 エリオットさんの問いかけにウィルソン商会長は頷く。



「ええ。鉱山の奥も空気の通り道は確保されています。不幸中の幸いです。ただし……」


「ただし?」


「問題は水です。救助が難航して時間がかかれば、閉じ込められた人々は水分不足で命に関わります……」



 ウィルソン商会長は苦渋の表情を浮かべ、絞り出すように言った。


 私も前世で習った記憶がある。人間は食料がなくても、水さえあれば二~三週間は生きられるという。


 だけど水を摂取できない場合は四、五日が限界だと……。


 ……つまり救助が遅れれば、ラウル様たちは飲水不足に陥って、最悪死に至る……。



「坑道は大量の土砂が流入しており、その撤去作業に追われている状況です。本格的な救助活動は明日以降に……」


「ああ……なんということでしょうか……!!」



 エリオットさんとレノアさんが絶望的な表情を浮かべる。……私だって同じ気持ちだ。


 でも今は、絶望に打ちひしがれる二人を見ているうちに冷静になれた。


 私はラウル様の婚約者。将来はブルーフォレスト辺境伯の夫人となる立場。……私なんかがその立場に相応しいのか、今でも時折不安になる時がある。


 だけどレノアさんやエリオットさんを始めとする使用人の皆様や、ブルーフォレスト領の領民たちは私を未来のブルーフォレスト夫人として認めてくれている。


 ……何よりもラウル様が、私を妻にと望んでくださっている。


 だったらラウル様が不在の今、私がしっかりしないでどうするの。夫人である私が、旦那様不在の家を守れないでどうするの。


 そんなのラウル様の妻として……ブルーフォレスト辺境伯の夫人として失格だ。



「レノアさん、エリオットさん、落ち着いてください。ラウル様たちはきっと無事です」



 私は二人に声を掛ける。レノアさんとエリオットさんは青白い顔で私を見た。



「……なぜ、そう言い切れるんですか……?」


「ラウル様が約束してくれたからです。ラウル様は坑道に入る前、私にこう言ってくださいました。『心配は無用だ。すぐに戻る』……と。私はあの方の妻になる者として、あの方の言葉を信じます」


「……っ!!」



 その言葉にレノアさんとエリオットさん、そしてウィルソン商会長は息を吞んだ。



「あの御方は、御自分の言葉を違えるような方ではありません。だから必ず戻ってきます」


「エルシー様……」


「私はラウル様の言葉を信じます。だからお二人とも、どうか希望を持ってください。……ラウル様はきっと戻ってきます」



 私はレノアさんとエリオットさんに言う。二人は今一度顔を見合わせた後、私を見て深く頷いた。



「そうですね。奥様がそう仰るのであれば……私たちも信じましょう」


「ええ、きっとあの方はお戻りになります……! 私たちが信じないでどうしますか!」



 二人とも目に強い光が宿った。良かった。二人とも絶望に呑まれずに済んだ。緊急時は希望を捨てないのが何よりも大切だ。それから私は深呼吸をしてから再度口を開く。



「ブルーフォレスト家の食糧庫を解放し、救助に当たる作業員たちへの炊き出しに使用します! レノアさん、私たちは炊き出しに協力しましょう」


「ええ! 準備に取り掛かります!」


「お願いします。それからエリオットさんは、お屋敷から鉱山まで食料や医療物資の運搬の手配をしてください!」


「お任せください、エルシー様! ……いいえ、奥様!」


「ウィルソン商会長、救助作業にかかる費用はすべてブルーフォレスト家が負担いたします。ですので、どうか最後まで諦めず救助活動を続けてください」


「かしこまりました、エルシー様!」



 私が三人に指示を出すと、三人とも深く頷き返してくれた。さあ、こうしてはいられない。やるべきことは山積みだ。


 私たちは一斉に動き出す。レノアさんと私は炊き出しと治療の手伝い。エリオットさんはお屋敷に戻り、物資の手配を行う。ウィルソン商会長は再び事故現場に戻り、救助活動の指揮に戻る。


 皆が一丸になって動き出した。希望を捨てずに、ラウル様たち閉じ込められた人々の帰還を信じて――。

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