第34話 鉱山へ行こう
休日になると私とラウル様は馬車に乗って領都へと向かう。
結婚式が間近に迫っているからか、街並みもどことなく華やかに見える。
街の様子を眺めながら馬車に揺られていると、やがて大きな建物が見えてきた。目的地の宝石店だ。
馬車が停車すると、ラウル様がエスコートして降ろしてくれる。そのまま手を引かれて、私たちは宝石店に入店した。
「お待ちしておりました、領主様。こちらにお掛けになってお待ちください」
出迎えてくれたのは高級そうな服を着た男性だ。言われるままに椅子に腰掛けると、ラウル様は男性と話を始めた。どうやら男性はこの店の店主らしい。
ラウル様と男性は暫く会話を交わした後、一度店の奥へと下がっていった。そして男性が再び姿を現した時には、一つの宝石ケースを手にしていた。
「領主様、こちらがご注文の品でございます」
「ありがとう」
ラウル様は私に向き直るとケースを開けてみせた。……そこにはキラキラと輝くダイヤモンドのティアラがあった。
アンティークなアームのラインに、ブルーフォレスト産のダイヤモンドを豪華にあしらったティアラ。
どの角度から見てもキラキラと輝いていて、見ているだけで心が満たされるようだ。
「これは素晴らしいな」
「はい……とても綺麗です」
ティアラを見たラウル様が感嘆の声を洩らす。私も反射的に同意した。店主の男性も誇らしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。領主様、奥様。お召しになってみていただけますか?」
店主に促されて私はティアラを頭に載せる。そして鏡を見る前にラウル様に尋ねた。
「いかがでしょうか? 似合いますか?」
「ああ……とてもよく似合っているよ」
ラウル様は目を細めて満足げに微笑む。ダイヤモンドのティアラも美しいけど、ラウル様の笑顔も宝石に負けないぐらい眩しく見えた。
それから私たちはお店を出て、領都を散策する。領民の人々は気さくに私たちに声をかけてきた。
「ラウル様、エルシー様、ご結婚おめでとうございます!」
「おめでとうございます! 結婚式を楽しみにしています!」
「ありがとうございます。披露宴はお屋敷の庭を解放して行う予定ですので、皆様もぜひいらしてくださいね」
私がそう答えると領民の人々は「絶対に行きます!」と嬉しそうに言ってくれた。
領民の皆さんも私たちの結婚を心から祝福してくれている。そのことが伝わってきて私は嬉しくなった。
本当に、ブルーフォレスト領に来て良かったと思う。
「……ラウル様、ありがとうございます」
「急にどうしたんだ?」
「こんなに大勢の人たちからお祝いされるのは、ラウル様が良い領主様だからです。私、ラウル様と結婚できることになって本当に良かったと思います。ブルーフォレスト領に来てから私の人生は大きく変わりました」
「……それは俺も同じだ」
ラウル様はそう言って微笑むと、私の手を握る力を強めた。
「俺はこれまで漠然とした夢しか持っていなかった。良き領主になること、ブルーフォレスト領の皆を幸せにすること。それは目標というよりは、義務や責任に近いものだった。だがエルシー、君と出会ったことで俺は変わった。真に立派な領主となる為に必要なことを君に教えてもらった気がする」
「私に、ですか?」
「君は俺に新たな視点を与えてくれた。君という支えがあるからこそ俺は頑張れる。エルシー、俺はブルーフォレスト辺境伯として、君と結婚して君の夫となる人間として恥じない生き方をする。二人でブルーフォレスト領の領民たちを幸せにしていこう」
「はい、ラウル様」
私は笑顔で頷いて答えた。ラウル様が領民の皆さんに慕われている理由が改めて分かった気がする。
ラウル様は良き領主であろうと努力しているからこそ、領民の皆さんから慕われている。私はそんなラウル様だからこそ好きになった。
そんなことを考えながら歩いていると――。
「おや、ラウル様とエルシー様ではありませんか!」
大通りを走っていた馬車が停まり、そこから降りてきた男性に声をかけられた。
馬車から降りてきたのは、ウィルソン商会の商会長エヴァン・ウィルソンさんだった。
ブルーフォレスト領内における交易を担っている大商会の長で、年齢はまだ三十代半ばだけどやり手の商人として国内外で名前を知られている。
短い黒髪に青い瞳。細いフレームの銀縁メガネが知的な雰囲気を放っている。痩せ型で背の高い紳士的な男性だ。
私が彼と会うのは久しぶりだけど、ラウル様とはお仕事でよく会っているそうだ。
「ウィルソン商会長、お久しぶりです」
「エルシー様、お久しぶりでございます。お二人の姿を拝見したので、ご挨拶せねばと思い声をかけさせていただきましたが……もしかするとお邪魔でしたかな?」
「おい、からかうな。それよりも今日は休日だが、まるで仕事に行くような恰好をしているな。何かあったのか?」
言われてみると、ウィルソン商会長は仕事着らしいスーツに身を包んでいる。休日に過ごす格好としては、いささか堅苦しい印象がある。
ラウル様の問いかけにウィルソン商会長は眉を顰めた。
「ええ……実は昨夜未明、鉱山の一つで落石事故が発生したと報告がございまして」
「何?」
「幸い深夜だったので坑道内は無人。死傷者は出ておりませんが、安全管理と再発防止の為に休日返上で視察へ向かうところです」
「そうか、そんなことが……」
ラウル様は難しい顔をして考え込む。
「鉱業はブルーフォレスト領の主産業。そこで働く民たちの安全確保は領主にとっても重要課題だ。俺もこの目で現場を確認しておきたい。……エルシー、すまないが」
「構いませんよ、ラウル様。というより、私もラウル様に同行いたします」
「いいのか?」
「はい」
ブルーフォレスト領の人々は私の存在を受け入れ、結婚を祝福してくれている。
彼らが私たちを祝福してくれるように、私も彼らには幸せに暮らしてほしい。だから私もラウル様たち同行して、この目で安全を確認したいと思った。
「ありがとうございます、エルシー様」
「領民の皆様が幸せに暮らしていけるように努めるのも、領主夫人の仕事のうちですもの」
私はそう言って微笑んだ。こうして私とラウル様はウィルソン商会の馬車に同乗させてもらい、事故のあった鉱山へ向かうことになった。
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