第四章

第27話 お米を収穫しよう

 王宮での騒ぎから数日後。多少のトラブルはあったものの国王陛下の生誕祭は終わり、私たちは再びブルーフォレスト領に戻ってきた。



「ふっふっふ……さあ、いよいよお米の収穫期ね!」



 私は今、田んぼの目の前に立っている。田んぼには黄金の稲穂畑が広がっていた。まるで金色の絨毯が敷き詰められているかのようだ。さながら黄金の理想郷。


 そう、理想郷だ。ここが私の理想郷……! この世界に転生してから苦節数年、ようやくここまで辿り着いた。



「長かった……ここまで本当に長かった……!」



 これまでの道のりを思い出して思わず涙が溢れそうになる。でも泣いている場合じゃない。今はまだやることがたくさんある。



「エルシー、そろそろ収穫時期か?」


「はい、ラウル様! 稲穂が黄金色に垂れ下がると稲刈りの時期です!」



 ラウル様も様子を見にやって来てくれた。その姿はお屋敷の中で見る美しい貴族服ではなく、農作業に適した作業着だ。


 もちろん私もドレス姿ではない。稲刈り用の農作業服に袖を通している。



「俺も手伝うぞ。この稲は俺とエルシーとブルーフォレスト家の皆で世話した作物だ。いわば俺たちの子供のようなもの。収穫もこの手で行わなければな」


「はっ、ラウル様のおっしゃる通りでございます」



 ラウル様の背後には、執事のエリオットさんやメイドのレノアさん、リリたち使用人も作業着を着て並んでいた。



「頑張りましょうね、エルシー様!」


「エルシー様のお作りになられる物はどれも美味です。オコメとやらがどれほどの味なのか……楽しみでございます」


「ゆくゆくはブルーフォレスト家の新たな名産品として売り出したいですな」



 皆やる気に満ちた表情をしている。私の夢だった米作り。その収穫に際して、こんなに力を貸してくれる人たちがいる……。



「ありがとうございます、皆さん。私、本当に幸せ者です」


「まだ感動するのは早いぞ。収穫も無事に終わらせよう。大丈夫だ、皆で力を合わせればきっと上手くいく」



 ラウル様が皆を鼓舞する。こういう時のラウル様は本当に頼もしい。さすが辺境伯ね、素晴らしいリーダーシップだわ。


 私たちは早速稲刈りの準備に取り掛かる。



「お米は早く刈りすぎると収穫量が少なくなります。反対に遅れると米の色つやが悪くなってしまいます。稲刈りはタイミングが大切なんですよ。今がちょうどいい時期です」


「なるほどな」



 ラウル様たちに稲の刈り方をレクチャーしながら私は鎌を手に取る。



「刈り取る位置は田面から五センチほど上。片手に鎌を持って、もう片方の手で稲株を握って、順次刈り取りながら移動してください」



 そう説明しながら、まずは自分でお手本を示す。前世の日本では、『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』って偉い人も言っていた。人に何かをやってもらう時には、まず自分でやって見せなければ。


 私は中腰になって器用に稲を刈り取り、そのまま次の稲株へと移動していく。ラウル様たちも私を見ながら後に続いた。



「こう、か?」


「はい。さすがラウル様、お上手です! 飲み込みが早くて作業も機敏ですね! かっこいいです!」


「そ、そうか? そこまで誉められると照れるな……」


「エルシー様、私はどうですか!?」


「リリも覚えが早いわね。偉いわ!」


「えへへ~」



 リリも一生懸命稲刈りに勤しんでくれている。私が褒めると彼女は嬉しそうに微笑んだ。可愛い。



「レノアさんも手慣れた感じですね。手際がとてもいいです」


「お褒めに与り光栄です。かつて畑仕事に従事した経験がありますので、これくらいはお手の物です」


「さすがです、頼もしいです!」



 普段はクールなレノアさんもいい笑顔で稲刈りをしている。そこにメイド長としての責任感も見え隠れしているようで……本当に頼りになる人だ。



「エリオットさんはどうですか?」


「収穫は初めての経験ですが、なかなか面白いですな」


「とても初めてとは思えませんよ! エリオットさんなら稲刈りもあっという間に終わりますよ!」


「ご期待に沿えるよう頑張ります」



 執事のエリオットさんは農業未経験者らしいけど、特に問題なく稲刈りをしている。さすがは有能執事。彼のような落ち着いた人が張り切っている姿は新鮮で、心強く感じる。私も負けてられない。



「それにしてもエルシー様は、作業をしながら周りの者を見てよく褒めてくださいますな」


「え? そうですか?」


「誰でも初めてやることは上手くいかないものです。が、エルシー様は些細なこともお褒めになるのでやる気が出ます」



 そう言うエリオットさんも私を褒めてくれていると思うんだけど……でも、彼の言うことも一理あるかもしれない。



「米作りや収穫は、一人の力では出来ないんですよ。広い畑を皆で耕して、皆でお世話して、皆で力を合わせて収穫して、そうやって初めて成功するものです。だから些細なことでも声を掛け合って、お互いに褒め合うのが大事なんですよ」



 少なくとも前世で私の実家だった米農家は、そういう考えに基づいて一家総出で農作業を行っていた。


 だから私は米作りが好きだ。故郷の青森が大好きだ。青森の米農家の精神をブルーフォレスト領でも広めていけたら、これほど嬉しいことはない。



「……素晴らしい考えだ。エルシーの言っていることは、とても大切なことだと俺は思う。これは農作業に限定した話ではない。人と協力して何かに取り組む時に、お互いを認め合って声を掛け合うのは重要なことだ」



 ラウル様も私の意見に同意してくれる。ラウル様はブルーフォレスト領の領主様。大勢の人々を率いる立場にある人だ。そんな彼に共感してもらえるのは、とても嬉しくて心強い。



「さあ、残り半分です! 稲刈りを頑張りましょう!」



 皆に声をかけてから再び稲刈りに戻る。


 ああ、田んぼが黄金色に輝いている……なんて尊く美しい光景なんだろう。この景色がずっと見られるように、これからも頑張ろう。


 そんな決意を胸に抱いて、私は皆と一緒に残りの作業をこなしていった。

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