第12話 お弁当を食べよう
ラウルは鉱山地区で、視察を行っていた。
鉱山から採掘される宝石や鉱物を加工して、装飾品を作ったり武器や防具を作ったり、様々な産業に使っていく。
銅・鉄・金のインゴット、ルビー、サファイア、エメラルドなどの宝石類。
いずれもブルーフォレスト領を経済的繁栄させるための大切な財産だ。
発掘、製錬・加工、流通はすべてブルーフォレスト家の傘下にあるウィルソン商会が行っている。
ラウルは商会長であるエヴァン・ウィルソンから、鉱山についての報告を受けていた。
ウィルソン商会長は短く切り揃えた黒髪に青い瞳を持つ男で、年齢は三十六歳とまだ若いがやり手の商人だ。
体型は痩せ型で背が高い。端整な顔には細いフレームの銀縁メガネをかけている。
ラウルとはほぼ正反対といっていい見た目だが、妙に馬が合うのでビジネスパートナーとして良い関係性を築いている。
「鉱山の採掘量は、昨年と増して順調です」
「そうか。だが、油断はするな。採掘量の増加ばかりに気を取られて、鉱山の安全管理や鉱夫の健康管理が疎かになってはいけない。鉱山で働く労働者がいるからこそ、我が領地は繁栄している。それだけは忘れないでくれ」
「はっ!」
領民たちが働いてくれるからこそ、領地は発展するのだということをラウルは忘れていない。
(領民は俺たち貴族を信頼して真面目に働いてくれている……ならば俺たち貴族の務めは、領民たちが安心して暮らしていけるように尽くすことだ)
ラウルは領主として、最善を尽くし続けると決意を新たにした。
「……ん? あれは……?」
そんな時、一台の馬車が近づいてくるのが見えた。
(あの馬車はブルーフォレスト家のものだな……一体何事だ?)
程なくして馬車はラウルの近くに停車し、中から美しい令嬢が降りてきた。
「エルシー!? どうしてここに」
「ラウル様にお弁当を作って参りました」
「弁当?」
「はい。視察、お疲れ様です。ラウル様のために丹精込めて作らせていただきました」
エルシーはバスケットの蓋を開ける。中には確かに、美味しそうな料理が入っていた。
驚きつつも、ラウルは嬉しくなった。最愛の女性が自分のために弁当を作ってくれたのだ。喜ばないはずがない。
「おや。ラウル様の婚約者であらせられる、エルシー・スカーレット様ですね。お初にお目にかかります、エヴァン・ウィルソンと申します」
そういえばウィルソン商会長は、何かと忙しく各地を飛び回っていたので、エルシーを直接紹介する機会がなかった。
ちょうどいい機会だ。ラウルは咳払いをすると、エルシーを紹介する。
「エヴァン・ウィルソン、紹介する。彼女が私の妻となる、エルシーだ」
「初めまして、エルシーと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「これはご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
二人は恭しく挨拶を交わす。
「ラウル様、ここで立ち話もなんですし、場所を変えませんか? エルシー様も昼食を持ってきてくださったようですし、せっかくなのでご一緒に昼食を」
「そうだな。ぜひ、そうさせてもらおう」
ウィルソンは商会の食堂に二人を案内する。
ウィルソン商会の社屋は煉瓦造りの二階建てで、一階には従業員たちが食事を摂るための食堂がある。
食堂で作られた料理も提供されているが、持ち込んだ弁当を食堂で食べてもいい。
もちろん視察や商談で訪れた外部の人間も利用できる。
ラウルやエルシーたちは、日当たりのいいテーブル席に案内された。
ブルーフォレスト家の食堂ほどではないが、質のいい木材で作られたテーブルに、清潔な白いテーブルクロスがかけられている。
(エルシーが作ってくれた弁当……楽しみだ)
ラウルは期待に胸を膨らませながら、バスケットの蓋に手をかける。
芋とひき肉と玉ねぎを混ぜ合わせたポテトオムレツに、三種類のキノコを炒めたソテー。
焼いてそんなに時間が経っていないのであろう温かいパンや、すっかり好物になったフライドポテトも入っている。
ラウルの中で食欲が込み上げてきた。愛しい妻の手料理だと思えば、さらに美味しそうに感じられる。
「ほほう、これが噂のフライドポテトですか。お恥ずかしながら、私はまだいただいたことがございません」
「あら、ではウィルソン商会長も少し如何ですか?」
「いえ、しかし、こちらはラウル様の為のお食事ですので……」
「……構わない。ウィルソンは国内外の各地に仕事で出向くこともあるだろう。その際にフライドポテトの味を伝えてくれれば宣伝になるからな」
少し惜しいが、将来のブルーフォレスト領にとって利益となることである。
ここでウィルソンに恩を売っておくのも悪くない。ラウルはそう思い、彼にフライドポテトを勧めた。
「それでは、お言葉にお甘えして……」
ラウルの言葉に、ウィルソンはフライドポテトに手を伸ばす。
そして口に入れた瞬間、驚きで目を見開いた。
「……! まさか、これほどとは……。素晴らしい味ですね。今まではたかが芋と見くびっておりましたが、これほどまでに化けるとは……」
「他の土地へ商売に行く時には、ぜひこの料理を広めてほしい」
「もちろんですとも! ふふふ……これは新たな商機の訪れを感じますな……!」
どうやらウィルソンは、芋で一儲けする算段を思いついたようだ。
ラウルとしては狙い通りである。
そんなウィルソンの相手はひとまず置いておき、エルシーの弁当に向き直る。
ポテトオムレツを切り分けて、口に運ぶ。
やはり美味しい。卵の甘みと芋のホクホク感、そしてひき肉と玉ねぎの味わいが絶妙だ。
ひき肉は牛肉だろうか? 一緒に炒めてあるおかげで旨味もたっぷり詰まっている。
それを彩るキノコのソテーは、しっかりと味が染みていて文句なく美味い。
ラウルの頬が思わず綻ぶ。
これほどまで自分の好みの味に仕立て上げるとは、なんて素晴らしい妻だろう。
この弁当一つで、ラウルの中でエルシーの評価がさらに上がった。
そんなラウルの様子をウィルソンはどこか温かい目で見守っている。
「ほほう、ラウル様もそのような顔をなされるのですね」
「? どんな顔だというのだ」
「とても穏やかな、柔らかいお顔をなさっていましたよ」
ラウルとしては、普段と変わった様子をしている自覚はないのだが、他者から見るとそうなのだろうか。
少々気恥ずかしく感じつつも、エルシーの弁当を完食した。
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