第10話 初デート

 無事に育苗用の種まきが終わってから数日が経った。


 朝食の席で、私はラウル様から提案を受ける。



「もし良ければ、今日は一緒に街へ行かないか?」


「街に、ですか?」


「今日は休日だからな。自慢の城下町を紹介したい」


「嬉しいです。ぜひご一緒させてください」


「分かった。では一時間後に出発しよう」


「はい!」



 そして、一時間後。


 外出の準備を済ませた私は、ラウル様と一緒に馬車に乗って城下町へ向かう。


 城下町は馬車で十分ほどの距離にある。


 交易が盛んな都市で、王都周辺にもひけを取らないほどの活気がある。


 貴族街には及ばないものの、一般市民にもある程度裕福な暮らしができるよう、様々な商業施設や医療施設、公共住宅などが整っている。



「とても活気がある街ですね」


「領民たちが安心して暮らせるように、日々心掛けている」



 馬車に揺られながら窓の外を眺めると、沢山の人々が行き交っているのが見える。


 ブルーフォレスト領は他国に接する辺境だ。


 だから王都の方では珍しい品物や料理も売っている。


 でも、それだけじゃない。


 鉱山が多い土地だから、鉱山で発掘された宝石類も加工されて店頭に並べられている。



「鉱山の宝石はブルーフォレスト領でしか採れない天然物でな。質が良いと評判なんだ」


「確かに、どれも立派で美しい宝石ですね」


「エルシーはどの宝石が一番好きなんだ?」


「そうですね、どの宝石も美しいですが、サファイアが一番好きです。だって青いから」


「エルシーは青が好きなのか。俺の苗字はブルーフォレストだからちょうどいいかもしれないな」


「はい!」



 私は結婚式が終わったら、エルシー・ブルーフォレストという名前になる。



「ブルーフォレスト……青い森……青森……なんて素敵な響きでしょうか……」


「……よく分からないが、気に入ってもらえたのなら光栄だ」



 ああ、故郷の青森の景色を思い出すわ……。


 世界自然遺産にも登録された、世界最大規模のブナ天然林を誇る白神山地……。


 津軽海峡の荒波が削り上げた、ダイナミックな自然を誇る仏ヶ浦……。


 津軽平野のど真ん中に聳え立つ、青森県最高峰の名峰、「津軽富士」と異名を持つ岩木山……。


 岩木山に次ぐ標高を持ち、十八もの山々が連なる雄大な大自然、八甲田山……。


 もう二度と帰ることはできないけれど、青森は私にとって特別な場所だ。



「エルシー、大丈夫か?」


「は、はい。少し考え事をしておりました。ご心配おかけして申し訳ありません」


「いや、別に構わないが」



 いけないわ。せっかくラウル様とお出かけしているのに。


 それに故郷の青森には二度と帰れなくても、ブルーフォレスト領は青森に少し似ている。


 まず気候風土が青森に近いし、ブルーフォレスト領の南側に聳え立つ山岳はさながら八甲田山のよう。


 それに、青森出身の横綱・蒼乃森そっくりなラウル様がブルーフォレスト領の領主。


 私はこの土地で、きっと幸せになれるわ。





 それから私たちは馬車を止めて街を見て周り、一等地にあるレストランでランチを食べた。


 食後は宝石店を見て回る。どの宝石もブルーフォレスト領の鉱山で採れたものらしい。



「こんなに立派な宝石が採取できるなんて、ブルーフォレスト領の鉱山は宝の山のようですね」


「我が領地を支えてくれる貴重な資源だ。そこで働く領民たちには頭が下がる思いだ」



 ラウル様は心底嬉しそうに言う。


 きっと、領民たちのことを心から愛しているのね。


 実際、街を歩いていると大勢の人がラウル様を敬っているのが伝わってくる。


 レストランでも宝石店でも恭しく丁寧に対応される。


 でもそれはラウル様を恐れてかしこまっている風ではなく、親しみと敬意を感じられた。


 ラウル様、領民に愛されて、素敵な領主さまね。


 そんなラウル様と一緒に過ごす時間はあっという間に過ぎていった。


 日が暮れた頃、私たちはお屋敷に戻ってきた。



「今日は付き合ってくれてありがとう」


「お礼を言うのは私の方です。こんなに楽しい時間を過ごせて、とても幸せでした」


「……そうか、それは良かった。女性と二人きりで過ごすことなど初めてだから、君を退屈させていないか心配だった。だが、杞憂だったようだな」


「いいえ、退屈だなんて、とんでもないです」


「ありがとう。それならまた今度、二人で出かけよう」


「はい。ぜひお願いします!」


「楽しみにしている」



 その後、私は自室で悶々としながら考える。


 今日のラウル様、素敵だったなぁ……紳士的で優しくて、とっても素敵な方だわ。


 領民にも慕われているようだし、米作りにも理解があるし、私にとってこの上なく理想的な旦那様よね。


 その晩、私は幸せな気持ちで眠りについた。

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