第9話 田んぼを作ろう

 最初は作業しやすい場所を整えるために穴を掘る。穴の深さは約五十センチぐらい。


 田んぼに注いだ水が外にもれないように田んぼのまわりを囲うように土を盛る。いわゆる「畔」というやつね。


 田んぼの周りは小川から引いてきた用水路で囲む。


 そして水の入口と出口となる二箇所に、水の出し入れを手動で行える「止水板」を設置する。


 これで好きな時に、排水と給水ができるようになるという訳だ。



「頑張っているな、エルシー」


「ラウル様」



 作業を終えて顔を上げると、ラウル様が様子を見に来ていた。



「俺も手伝おう」


「えっ? でもラウル様、お仕事は……」


「今日の仕事はもう終わった。最近は部屋に籠りきりだったせいで体が鈍っているから、ちょうどいい」



 そういうとラウル様は一旦引っ込み、作業着に着替えてくる。


 なんて頼もしい……でも、大丈夫かしら?


 ラウル様のお体重は軽く見て百キロを超えているわ。


 農作業のような力仕事なんて出来るのかしら……?



「俺は何をすればいい?」


「え、えっと、そうですね。水漏れ防止に、畔周辺の土を叩いて固めてほしいのですが……」


「分かった、任せろ」



 ラウル様は鍬やスコップを使って畔を固めてくれる。


 す、すごい怪力とスピード……!


 ラウル様って、動けるタイプのふくよかな人だったのね!


 おかげで水漏れ対策の畔塗りがあっという間に完了した。



「ふう、こんなところか。エルシー、次は?」


「次は水を入れて、田んぼの土を均等にならしていきます」


「よし、一緒にやろう」


「はい!」



 私たちはレーキを使って田んぼの土をならす。


 ラウル様は力強いレーキさばきで、どんどん土をならしていった。


 やっぱり頼もしい……。



「お上手ですね、ラウル様。惚れ惚れしてしまいます」


「何を言う。君こそ見事な動きじゃないか」


「ありがとうございます」



 前世の私は米農家の娘だったから、男の人は力強いタイプの方が好みだ。


 ラウル様に惚れ直してしまったかもしれない。


 ……って、いけない、いけない。


 私は今、田んぼ作りをしているのよ。うつつを抜かしている場合じゃない。お米の収穫に繫げる為に、真剣に頑張らなくては。


 それからも私たちは作業を続け、一日が終わる頃には立派な田んぼが完成した。



「ラウル様、本日はお手伝いしてくださり、ありがとうございます」


「これぐらいお安い御用だ。未来の妻の喜ぶ顔の為なら、この程度は苦労のうちにも入らん」


「ラウル様……」



 私の為にここまでしてくれるなんて……。


 この世界で、私の為にここまでしてくれる人なんて他にはいない。


 いや、前世でもいなかったかもしれない。


 農業と研究一筋に生きてきたから、男の人と付き合う機会なんてなかったから。



「それにしても、ラウル様って力強いのですね。作業スピードも速かったですし、驚きました」


「これでも辺境伯だからな。いざという時に動けなければ話にならない。日夜鍛錬を欠かしていない」



 そういえばお相撲さんだって機敏で力持ちな人が多いものね。


 太っているから動けないというのは、完全な偏見だった。反省しなくては。



「今日はこれぐらいにしておくか。明日は種を蒔くのか?」


「お米の場合、水田にある程度育った苗を移植するんです。これを育苗といいます。明日は育苗箱に種を植えましょう」


「なるほど、移植栽培か。俺は門外漢だから、判断は君に任せるぞ」


「ありがとうございます、ラウル様」



 お米作りは種蒔きや苗の移植までが一つの工程。


 田植えが終わっても安心はできない。その後も雑草とりや耕しなどで作業はまだまだある。


 だけど、そんな苦労をしてもお米への情熱には代えられない。私は必ずやお米を作ってみせる。


 そしてラウル様にもおいしいお米を食べてもらいたい。心からそう思った。

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