第8話 米作りの根回し

「ラウル様、お願いがあるんです」


「なんだ、エルシー? 君の頼み事なら極力聞くぞ」



 お芋パーティーの翌日。


 朝食後、食堂で思い切って頼んでみることにする。


 ラウル様は食後の紅茶を優雅に飲んでいる。


 所作がとても美しくて、見ているだけで惚れ惚れしてしまうわ。


 ……いけない、いけない。


 ラウル様だって忙しいんだから、早く本題に入らないと。



「お庭の一角を使って、米作りがしたいのです」


「コメ? コメとはなんだ?」


「お米とは、遠い外国の地で主食とされる穀物の一種です」



 一応、前世の記憶が戻ってからの三年間で、この世界での米について調べてみた。


 幸い亡父は愛書家の蔵書家だったから、世界中の珍しい本が沢山遺されていた。


 ……まあ叔父様が男爵家を継いだ後、ほとんど処分されちゃったんだけど。


 で、この世界でも一応お米はあるっぽい。


 世界の東南にある島国諸島で主食として用いられている。


 東南の島国諸島は高温多湿な風土だというから、米作りに適した土地なんだろう。



「お米は小麦や大麦、ライ麦と同じ科に属する植物です」


「ほう」


「エラルド王国の主食である小麦は、乾燥した土地かつ酸性の低い土壌で育てるのに向いているので、ブルーフォレスト領では栽培するのに向いていません」


「そうだな、だから我が領地では小麦の代わりに芋ばかり育てている」


「でもお米は酸性土壌に比較的強く、私が持っている種籾は雪国の土地で育てるのに向いています。栽培に成功すれば、新たな主食穀物としてブルーフォレスト領のお役に立てると思うんです」



 私は、米がブルーフォレスト領にもたらすメリットを列挙した。



「なるほど……それでコメとやらは、どうやって作るのだ?」


「まずは田んぼという畑を作ります」


「たんぼ?」


「水路を引いて、水を張って溜めた畑です。その中に稲を植えて、状態や成長具合を見て水を抜いたり増やしたりかけ流しにしたりするのです」


「……それはかなり大変そうだな。大丈夫なのか?」


「はい。お米作りはかなりの重労働ですが、やり甲斐があるのですよ」


「そうなのか……まるで経験があるような言い方だな」



 ぎくっ。



「あ、いえ、文献で読んで以来、ずっと憧れていたんです。子供の頃からずっとお米が食べたいと思っていたんですよ。小さな頃からの夢なのです」


「エルシーの夢か……そういうことなら構わない。庭の一角を貸し出そう」


「本当ですか!?」


「ああ。それに俺も、君が新しい作物を作るというのなら、ぜひ見てみたいからな」


「ありがとうございます。ラウル様の寛容な御心に感謝します!」



 この人、やっぱりいい人だわ!


 こうして私は念願のお米作りを開始できるようになった。


 いきなり畑を借りるのも忍びないので、ブルーフォレスト家の裏庭の一角を借りることにした。


 ブルーフォレスト家の庭は広い。


 お屋敷の前面部分には緑豊かな庭園が広がり、裏手には山岳から流れる水を利用した小滝や小川などがある。


 お米作りに水は欠かせない。


 庭師さんに頼んで裏庭の一角は小川から水路を引いて、水を引きやすいよう勾配をつけてもらう。


 その間、私はお米作りに欠かせない道具――田んぼを作ることにした。



「さあ、まずは土を掘り返して柔らかくして、田んぼを作りましょう」



 動きやすい作業着に着替えて、スコップを構えた。


 さあ、念願のお米作りよ!


 前世の記憶が蘇ってから、もう三年も我慢していた。


 お米を食べてお米を作る、そんな幸せな日々を再び送れる日が来るなんて夢のようだわ!


 私は意気揚々と作業を開始した。

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