第7話 お芋料理を作ろう④

「エルシー、これは?」


「開けてからのお楽しみです」



 そう言って微笑むと、クローシュを開ける。


 するとそこには、見たことのない料理が並んでいた。



「これは……なんだ?」



 皿の上には、三日月型にスライスされた芋らしき物体が乗っている。


 しかし見慣れた芋ではない。


 色は綺麗なキツネ色をしていて、湯気と共に食欲をそそる絶妙な香りが漂っている。



「フライドポテトという料理です。くし形に切った芋を菜種油で揚げて、塩で味付けしました。お好みでレモンやハーブソルトも足してください」



 フライドポテト。


 初めて聞く料理だが、食欲を刺激するには十分な見た目と匂いだ。



「……いただこう」



 フライドポテトをフォークに差して口へと運ぶ。


 サクッ……。



「――っ!!」



 小気味のいい食感と共に、口の中に芋の風味と塩のしょっぱさが広がる。


 味付けはいたってシンプルなのに、この上なく美味だ。


 しかも日頃ラウルが苦手としている、芋特有のザラつきやパサつきを全然感じない。


 塩味だけでなくレモンも使ってみる。爽やかな風味と酸味が絶妙だった。


 気が付けばまた一つ、また一つと無心になって口へと運ぶ。



「絶妙な味わいだ……これが本当にあの芋なのか?」


「はい、正真正銘ブルーフォレスト領で採れたお芋です」


「芋の独特なザラつきがなく、口の中がパサパサしないぞ……!」


「ああ、それはお芋に含まれるデンプンですね。フライドポテトを揚げる前にしばらく水につけておいたんです。お芋を水にさらしておくと、デンプンが水に溶け出るんですよ」


「そんな方法があったのか……!」



 ラウルは感心する。そして夢中になってフライドポテトを食べ続けた。


 さらに続けてエルシーは、次々と芋料理を持ってきた。


 細かく切り刻んだ芋を小麦粉でつなぎ、油で揚げたハッシュドポテトなる料理。


 あっさりとした味付けで、これは朝食に合うかもしれない。


 茹でた芋を押し潰して牛乳やバター、調味料で味付けして滑らかに仕上げたマッシュポテトなる料理。


 サラダとして食べても美味だが、ステーキに添えて食べるのもおいしそうだ。


 三日月型の芋とベーコン、玉ねぎを一緒に炒め、塩胡椒で味付けしたジャーマンポテトなる料理。


 スパイシーな味付けが食欲をそそり、腹持ちもいい。軽食としても主食としても食べられそうだ。



「芋とは、これほどまでにおいしい食べ物だったのか……!」



 あまりのおいしさに、皿に山盛りだった芋料理がほとんどなくなっていた。


 そしてエルシーがまだ料理を持っていることに気付く。



「おお、まだあるのか?」


「はい。もうひと品、自慢のお芋料理があります」


「それは楽しみだな」


「では……これが私の自慢の芋料理、その名もコロッケです!」



 そう言ってエルシーが持ってきたのは、見た目にも美しい薄黄色の料理だった。


 見た目はさっきのハッシュドポテトと少し似ている。


 しかしハッシュドポテトに比べると楕円形で丸みを帯びていて、ボリュームがありそうだ。


 匂いも違う。ハッシュドポテトからは芋の匂いがしたが、このコロッケという料理からは他の食材の匂いもする。



「この匂い……芋だけではなく、玉ねぎと牛肉も入っているな」


「さすがラウル様ですね。正解です。どうぞ、お召し上がりください」



 ラウルはフォークをコロッケに差し込んだ。すると驚くほど簡単に真っ二つになる。


 パン粉の衣をサクっと割ると、熱々の芋から湯気が立ち上る。


 炒めた玉ねぎと牛肉のいい匂いもする。


 これまで散々芋料理を食べてきたのに、またしても食欲が刺激された。


 一口サイズに切ったコロッケを口に運ぶと――



「……美味だ!」



 思わず声が出た。口の中に広がる熱々の芋、玉ねぎ、牛肉のハーモニー。


 芋はホクホク、衣はサクサク、玉ねぎと牛肉はジューシー。


 ラウルが食べたコロッケという料理は、これまで食べたどんな料理よりもおいしかった。


 夢中になってコロッケを食べるラウルを見て、エルシーがうっとりとした視線を向ける。



「はぁ……惚れ惚れするような食べっぷり……」



 ラウルはコロッケを食べ終えてから口を開く。



「どうした? もしや口の周りに何かついているか?」


「い、いえ、とんでもありません! とても綺麗なテーブルマナーで食べられておりますわ」


「そうか。これでも辺境伯家の跡取りとして、作法は一通り叩き込まれたからな」



 食事を終えたラウルは、改めてエルシーに向き直る。



「エルシー、君の芋料理はどれも素晴らしかった。これほど美味な料理は初めてだった」


「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です」


「しかし……本当に芋なのか? いや、確かに味は芋なのだが……」



 今まで食べたどの芋でもこんな食感や味わいはなかった。


 するとエルシーはにっこり微笑んで、言った。



「お芋は調理次第で化けるんです。パンの代わりに蒸かすだけ、煮るだけなんて勿体ないですよ」


「ふむ……エルシーの調理方法を広めれば、芋の需要が一気に高まるかもしれないな。そうなればブルーフォレスト領はさらに潤うだろう……エルシー」


「はい」


「君さえ良ければ、調理方法を教えてくれないだろうか。そして世間に広めることを許してはくれないだろうか」


「もちろん構いません。おいしい料理は大勢の人に味わっていただく方が嬉しいですから」


「さすがはエルシーだ」



 エルシーは美しく心優しいだけでなく、料理上手で心が広い。


 この数日間のやり取りで、ラウルはそのことを確信した。


 しかもラウルの長年の悩みだった芋嫌いも克服させてくれた。



(なんという素晴らしい女性だろうか。やはり彼女を妻にしたい)



 ラウルの気持ちはさらに燃え上がるのだった。



◇◆◇



 夕食のお芋パーティーの後。


 私は自ら申し出て、厨房で後片づけを手伝わせてもらっている。



「それにしてもエルシー様。お芋料理のレシピを広めてしまってよろしいのですか?」


「ええレノアさん、構わないわ。だってお芋のおいしい食べ方をみんなが知らないと、お芋の需要は上がらないでしょう?」


「それはそうですが……」


「豊作の年に大量のお芋が捨てられてしまうなんて勿体ないし、何よりお芋が可哀想よ。せっかくこんなにおいしいのに」


「エルシー様、素晴らしいお心遣いです。そこまで考えてらっしゃったなんて……」



 レノアさんは感激したように胸の前で手を組んでいる。


 なんだか照れ臭いな……私は前世で農家だったから、作物のロスが嫌なだけなんだけどね。


 まあいいわ。これで私の第一の目的は達成できたのだし。



(いきなり「お米を作らせてください!」なんて言っても、怪しまれない筈がないものね……)



 まずは身近な食材をおいしく調理してみせて、「エルシーが作るものはおいしい」と刷り込みを与えること。



(そうすればこの先、米作りを始めたいと言っても「よく分からないがエルシーが作るものならおいしいに違いない」って思ってくださるに違いないわ!)



 完璧な作戦だわ! 私は心の中で拳を握った。

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