第6話 お芋料理を作ろう③
「ラウル様。本日も一日お疲れ様でした」
「ああ、エリオット。お前もご苦労だった」
ラウルは執務室で一日の仕事を終える。
ブルーフォレスト辺境伯である彼には、毎日大量の仕事が舞い込んでくる。
日が落ちる前にある程度の処理はしているが、それでも深夜まで執務に追われることもある。
そんな彼を支えるため、執事のエリオットが仕事を手伝っていた。
「今宵はエルシー様が夕食を作られるそうですな」
「ああ、そうだ。なんでも芋料理を作るらしい」
「ほう、芋料理ですか。……失礼ながらエルシー様は南部の豊かな土地で生まれ育ったと聞いておりますが、何故わざわざ芋など食するのでしょうか?」
「分からん。……だが、せっかく作ってくれるというのだ。ありがたくいただいておこう」
そうは言うものの、ラウルの内心は憂鬱だった。
ラウルは芋があまり好きではない。
エラルド王国における芋の扱いは、小麦がない時の代用主食だ。
あまり好んで食べられる類の食物ではない。
(芋か……あのパサパサした食感、ザラっとした独特の喉越し……どうにも苦手だ)
だがエルシーが作ってくれるというのだから、食べるしかない。
ラウルはエルシーに好感を抱いている。
エルシーはラウルの体型を見ても嫌がるどころか、むしろ積極的に素敵だと言ってくれた。
ラウルは自分の体型に誇りを持っている。
もう十五年以上前になるが、エラルド王国全土を冷害が襲ったことがある。
ブルーフォレスト領は食料自給率が低く、食料を他領や他国からの輸入で賄っている。
しかしあの年は、どこも自分の土地で食べるのが精一杯で、ブルーフォレスト領にはほとんど食料が回ってこなくなった。
領民は次々と飢えで倒れ、ラウルたち辺境伯一家もガリガリにやせ細り、一時は毒草を毒抜きして食べなければならない事態に陥った。
さらには毒抜きが十分でなかったせいで、毒にあたって苦しみ死ぬ領民も現れた。
飢饉の一年を乗り越えると、ラウルの父は他国から種芋を輸入して、ブルーフォレスト領で育てるようになった。
そして母は飢饉のトラウマから、とにかくラウルに大量の食物を食べさせるようになった。
母は「太って脂肪を蓄えれば、また飢饉がやって来ても乗り越えられる」と信じていたようだ。父もそれに賛成した。
つまりラウルの体型は亡き両親の愛であり、ブルーフォレスト領で生きていくための知恵なのだ。
だから自分の体型に誇りを持っているが、この国の一部貴族たちはラウルを脂肪の化け物のように扱い、面白おかしく噂している。
ブルーフォレスト家の跡取りを作るために妻を考える年頃になっても、若いご令嬢たちはラウルを恐ろしがって近寄ってこない。
エルシーだけが例外だった。
ラウルはエルシーの容姿も気に入っている。可愛らしい容姿をしているが、何より知的な瞳がいい。
顔立ちが整っているが、気取ったところがなく親しみやすい雰囲気を持っている。
このまま良好な関係を築き、正式に結婚したいと思っている。
(だがしかし……芋か……)
芋。大飢饉の後、先代辺境伯である父が輸入して栽培し、定着させた食物。
芋のおかげで領民たちは飢えなくなった。
しかしあくまで飢えなくなったというだけで、領民たちが芋を好んで食べているかというと、それは別問題である。
あのパサパサとした食感。
喉に引っ掛かる独特のザラザラ感。
豊作で小麦が大量に輸入されるようになれば、誰も手を出さなくなる食物だ。
それでも愛しのエルシーが、自分のために作ってくれると言っていた。
ラウルは覚悟を決めると食堂へ向かった。
「ラウル様、お待ちしておりました」
食堂へ入るとエルシーが出迎えてくれる。
ラウルが用意させた赤いワンピースに白いエプロンをつけ、髪はアップにまとめている。なかなか可愛い。
「お席にどうぞ。早速お料理をお持ちいたします」
エルシーはいそいそと食堂の奥に引っ込んでいく。
そして銀のドーム型の蓋――クローシュに覆われた皿を持ってくると、ラウルが座る席の前に置いた。
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