第一章
第4話 お芋料理を作ろう①
私がブルーフォレスト家に来てから数日が経った。
この数日間でブルーフォレスト家周辺の土の調査を行った。
紫キャベツを刻んで作ったpH指示薬を使って、土壌について調べる。
鉱山に近いお屋敷周辺の土地の酸性濃度は高く、pH5.0-5.5程の酸性土壌。
少し離れた農村の方へ行くと、pH5.5-6.5の弱酸性土壌になる。
一般的に、この国の野菜は酸性土壌では育ちにくいとされている。
エルラド王国の主食である小麦や、よく食べられる野菜――セロリ、赤カブ、キャベツ、タマネギ、レタス、アーティチョークなどが育ちにくい。
だから酸性濃度の高いブルーフォレストのお屋敷周辺では、一切農業が行われていない。
少し離れた農村地帯では、弱酸性の土地でも割と育つ芋が育てられている。
「この辺りでは芋を育てているのですか」
「ああ。芋はパンの代用として主食になる。煮込み料理にも使える。腹持ちもいい」
私は今、ラウル様に領内を案内してもらっている。もちろん付き人つきで。
芋が栽培されている畑を見る。今の時期は畑が雪に覆われるから、農業は行われていない。
冬の間、農夫たちは鉱山へ働きに行っているそうだ。
「芋以外には何が育てられているんですか?」
「後は家畜用のビーツと大豆だな。ビーツは家畜用飼料としても人間用の食料としても使える」
「大豆やビーツがこの土壌で育つのですか?」
どちらもあまり酸性の強くない土壌に適した作物だと思うけど……。
するとラウル様は言った。
「鉱山で採れた石灰を撒いた。そうすると大豆やビーツも育つようになる」
なるほど。石灰にはアルカリ分が多く含まれている。
だから土作りや土壌改良でよく活躍してくれる。
「さすがに家畜の飼料まで輸入で賄うとなると、財政状況に悪影響が出るからな。家畜用飼料であるビーツと大豆ぐらいはと試行錯誤を重ねた末の賜物だ」
「そうだったのですね」
ラウル様の話に耳を傾けながら、私は納得する。
(やっぱりブルーフォレスト領は米作りに適した土地だわ)
酸性濃度の高い土壌では、野菜や小麦は育ちにくい。
だけど稲の場合、栽培にはpH5.5-6.5が適切だとされている。
育苗時の病害を防ぐためには、土壌の酸度はpH5程度が適当だという説もある。
それに私がこの世界に持ち込んだ稲は、品種改良によってより低いpH値の土でも育てられるようになっている。
(やっぱりこれは運命だわ。私がブルーフォレスト家に嫁いだのは運命なのよ)
そうとしか思えない。私が密かにほくそ笑んでいると、ラウル様が不思議そうな顔をする。
「エルシー?」
「は、はい、失礼しました」
いけない。つい一人で舞い上がってしまったわ。気を付けなくちゃ。
きっとこの土地なら私の理想の米作りができる。
だけど嫁いで早々、いきなり「米作りさせてください」なんて言いにくい。
せっかくいい感じなのに、下手したら変人扱いされるかもしれない。
(どうしたらいいかしら……うーん……)
悩みながら歩いていると、ふと入り口が開いた倉庫が目に入った。
倉庫の中には大量の芋が積まれている。
ブルーフォレスト領で育てられている芋は、いわゆる馬鈴薯、ジャガイモだ。
「ラウル様、あれは種芋の保管庫ですか?」
「いや。今年収穫した余剰分の芋だ。今年は全国的に豊作だったからな。芋が大量に余ってしまった」
「では、あのお芋は捨てるんですか?」
「いや。春先になったら肥料として再利用しようかと考えている」
肥料……。
確かに野菜は堆肥として再利用することもできるけど……。
そんなの、もったいない!
この国の人たちはジャガイモのおいしい食べ方を知らない。
パンの代わりに蒸かして主食として食べるか、煮るぐらい。
でも私には前世の知識がある。ジャガイモのおいしい食べ方を知っている。
「ラウル様。肥料にするぐらいなら、このお芋を私にくださいませんか?」
「何? エルシーは芋が欲しいのか?」
「はい。私がこのお芋をおいしい料理にしてみせます」
私は目を輝かせながら、ラウル様に頼み込んだ。
「お芋にはいろんな食べ方があります。先日歓迎の食事会を開いていただいたお礼に、今度は私がラウル様に自慢のお芋料理を披露させてください」
「気持ちはありがたいが、芋料理か……」
「……ダメでしょうか?」
しゅん。と、私は項垂れる。
ラウル様にも喜んでもらいたいと思って作ってみたんだけど……ダメかな?
するとラウル様は「うっ……」と言葉を詰まらせた。
「い、いや、ダメではない。そうだな、是非作ってくれ」
「ありがとうございます!」
やった! ラウル様、太っ腹だわ!
……あ、変な含みはありませんよ?
何にしてもありがたいわ。私は理解ある旦那様に恵まれたことを感謝しながら、屋敷に戻った。
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