第3話 辺境伯家での夜

「今日はエルシーを歓迎する夕食会を開催する。一流のシェフに最高の食材で、最高のメニューを作らせる。楽しみに待っていろ」


「はい、ありがとうございます」


「その前に、部屋に行って荷解きをするといい。場所はエリオットに案内させる」


「お着替えもご用意してございます」


「何から何まで、ありがとうございます」



 深々と頭を下げる。それから私は一度ラウル様と別れ、用意された部屋に向かった。


 私に用意されていたのは、とても素敵な部屋だった。


 広い空間の中央に鎮座する天蓋付のベッド。


 シルクのカーテン。フカフカの白い絨毯が敷き詰められた床。


 天井には小ぶりなシャンデリア。調度品やクローゼットは白く塗られた高級木材。



「ブルーフォレスト領は鉱山地帯でもあるので、エルシー様の衣装やアクセサリーにも宝石を使っております」



 手に取ったドレスには、美しい宝石の数々が散りばめられていた。


 私の髪色に似合いそうな赤いドレスには、細かいダイヤモンドが散りばめられている。


 青いドレスにはサファイアが、ピンク色のドレスにはモルガナイトが、緑のドレスにはエメラルドが。


 もちろんドレスの素材は絹。今までこんなに立派なドレスに袖を通したことはない。



「着替えはメイドに手伝わせます。レノア、リリ、頼みましたよ」


「かしこまりました」



 二人のメイドと入れ替わりに、エリオットさんが部屋を出ていく。



「お初にお目にかかります、エルシー様。わたくしはメイド長のレノアと申します。この子はリリ、まだ若いですが有能なメイドです。エルシー様のお世話係にと考えております」


「リリと申します。エルシー様、以後お見知りおきを」



 レノアは四十代後半ぐらいの銀髪の女性。


 リリは十代後半ぐらいの赤い髪の少女だ。


 二人とも深々とお辞儀をしてくれる。私もつられて頭を下げた。



「エルシー・スカーレットです。これからよろしくお願いします」


「それでは早速、お着替えをお手伝いします」



 二人はてきぱきと私の服を脱がしていく。


 下着姿にされた私は、二人に言われるまま、用意されたドレスに着替えた。



「とても素敵なドレスですね」


「エルシー様はブルーフォレスト辺境伯の婚約者ですから、相応の衣装を用意させていただきました」



 レノアさんは着替えを手伝ってくれながら淡々と話す。


 それでも、その一言に込められた忠誠心は十分に伝わってきた。


 実家にいた頃、私はいつも質素な服を着ていて、こんなに立派なドレスなんて着たことがなかった。



(お父様とお母様も、きっと天国で喜んでいるわね)



 私は鏡に映った自分の姿を眺める。……うん、なかなか似合っている。



「エルシー様、とてもお美しいですよ」


「ええ、赤いドレスがよくお似合いです!」


「あ、ありがとう、二人とも」



 艶のある茶髪に緑の瞳。


 今まで米作りのことで頭がいっぱいで、自分のことを気に掛けることが少なかったけど、エルシー・スカーレットの容姿は悪くない。


 髪も綺麗に結ってもらい、アクセサリーで飾り付ける。


 上質な絹の赤いドレスに身を包んだ私は、レノアとリリに案内されて食堂へと向かった。


 食堂はお屋敷の一階にある広い部屋だ。


 天井には高級クリスタルのシャンデリア。


 壁には荘厳な絵画が飾られていて、白い清潔なテーブルクロスの上には銀の燭台が等間隔で並べられている。


 壁際には執事やメイドたちが立ち並び、私の入室と共に一斉にお辞儀をした。



「ようこそ、エルシー」



 既に来ていたラウル様が私に向かって手を差し出してくる。


 私は緊張しながらもその手を取り、席へと案内された。


 そして、夕食が始まる。テーブルの上に次々と料理が運ばれてきた。



「こちらは前菜です。半熟卵とポークのサラダです」



 前菜なのに、いきなりこってりした料理が運ばれてきた。


 レタスに豚肉、半熟卵にチーズを和えたサラダだ。かなり肉の量が多い。



「こちらはスープです。ブルーフォレスト牛を煮込んだビーフシチューです」



 えっ、ビーフシチューってメインディッシュじゃないの!?


 コース料理のスープにビーフシチューを出されるなんて、初めての経験だった……。



「魚料理です。輸入した魚介類を贅沢に煮込んだブイヤベースです」



 魚料理っていうか、これもスープじゃない!


 しかもとんでもなくボリューミー……。


 サラダとスープでお腹いっぱいだから、もう食べきれない……。



「どうしたんだ、エルシー。食欲がないのか?」


「は、はい。申し訳ありませんが、こんなに歓迎していただいて胸がいっぱいで……」


「そうか。エルシーは小食なのだな」



 なおラウル様はその立派な体型のイメージを裏切ることなく、全部食べている。


 ブイヤベースも完食すると、メインディッシュである鴨肉のロースト(鴨一匹丸ごと)を、一人で完食した。



「デザートのパンケーキです」



 メインディッシュの次は軽めのデザートか……と油断していたら、出てきたのは直径二十センチはある特大パンケーキだった。


 しかもその上に、これでもかとばかりにバニラアイスが乗っている。



「こちらはブルーフォレスト産の牛乳で作った氷菓です。ブルーフォレスト領は雪国ゆえに、冬場は氷菓が作れるのですよ」



 レノアさんが淡々と、でもどこか得意げに話す。


 ラウル様はその巨大なパンケーキをものともせずに食べ続ける。


 私は頑張って一口分を口に運んだけど、すぐに限界が来た。


 心の中で謝りながら、フォークとナイフを皿の上に置く。



「あの……もうお腹が一杯でして……」


「そうなのか? まあ、無理をすることはない。残りは使用人たちに分けてやろう」



 使用人といっても下の方の人たちは、あまり贅沢な食事を摂れない人もいる。


 貴族のお屋敷で出る食べ残しを、彼らに分けてあげることもあるのだとか。


 だからラウル様は残ったパンケーキを、そのまま使用人に分け与えた。



「あ、あの、ラウル様」


「なんだ?」


「ラウル様はいつもこのような食事をなされているのですか?」


「ああ、そうだが?」


「……そうですか」



 だからその体型なのね。納得だわ。


 今日の夕食を見る限り、とにかくカロリーと脂質と糖質が高い。


 こんな食生活を毎日続けていたら、力士のように太る訳だわ。



「すみません。私は小食なもので、明日以降は軽めのお食事を用意してくださると助かります」


「そうなのか。それならば仕方ないな」



 ラウル様はあっさり納得してくれた。


 この人、物分かりのいい良い人ね。



「それではお休みなさい」


「ああ、お休み」



 食後、私は部屋に戻る。


 私とラウル様は、今日婚約したばかりの間柄だ。


 いくら同居を始めたとはいえ、正式な結婚式を迎えるまで部屋は別々にしようということになった。



「それにしても……本当に大きいお屋敷ね……」



 部屋の内装も豪華だ。実家で使っていたベッドとは大違い。


 天蓋付きのベッド、シャンデリア、高級な家具や調度品の数々……。


 私には分不相応すぎて、何だか落ち着かないわ……。



(でも今日からここで暮らすんだから、慣れていかないとね)



 明日もきっと早くから忙しい。今日は早めに寝て、体力を回復させよう。


 私は柔らかいベッドに潜り込むと、ゆっくりと瞳を閉じた。

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