第3話 スーパーへ行きます。

 プリンを食べてご満悦の二人を引き連れて家を出る。


 四時台になっても日はまだ高い。

 夏の日の長さは一日の活動時間を広げてくれるような錯覚に陥る。


 暗くなる前に帰らせないと、と思いつつもこの調子ならあと数時間は持つだろう、というのは楽観的にすぎるだろうか。


「夕飯何にすっかな……食べたいもんあるか?」


「……奈子、ある?」

 佑月が奈子の顔を覗き込み、優しい声で聞く。

「……え、えーと、」

 対する奈子は俺の方を伺ってから佑月の裾を引く。

 佑月がかがむと、奈子は背伸びをして耳元でこしょこしょ話を始めた。


 奈子が手を下ろす。俺の方を向いた佑月はおもむろにこう宣った。


「相馬隼人は料理できんの」

「あー……まあ、あんま難しくないもんならレシピ見ればいけるだろ」


「……じゃあカレー。……奈子が食べたいって。」

「う、うん……奈子、カレーがいい。ダメ、?」


 数秒の間は気になったが、カレーなら俺でも作れるだろうし、ちょうどいい。


「んじゃあカレーの材料、買いに行きますか」


 最寄りのスーパーまでの道は、普段滅多に行かない場所ということもあって、新鮮だった。


 夏休みだからか、街にはやけに人の数が多い。

 遊びの帰りか、移動途中なのか。若者の数も心なしか多い。


 今頃世の大学生は何をしているのだろう。

 どこかに旅行にでも行っている奴らも多いだろうか

 俺は家から徒歩20分圏内しか出歩かないというのに。えらい違いだ。


 しかし、同じ20分圏内でもいつもと見える景色は随分違うものだ。向かう場所も、相手も全然違う。

           

 佑月と奈子は手をつないで、俺の後をとことことついてくる。

 普通に歩き出して振り返ると距離が開いていて、子供と大人のペースの差を思い知った。


 こいつらの前では俺は十分大人側の存在なのだ。

 歩幅を縮め、ペースを落として奈子の隣に並ぶ。


「奈子ちゃんはカレーの具、何が好き?」

「…………あの、じゃがいも……」

「おー、じゃがいもか。いいね、ほっくほくなの上手いもんな。佑月くんは?」

「……にんじん」

「あー、にんじんもいいよな。あとカレーの具って何だろうなあ……」


 先ほどまでに比べて圧倒的に会話が成立する。

 プリンの効果、恐るべし。というより、子どもの単純さ、恐るべし、だろうか。


 どちらにしろ、会話ができるというのはいいことだ。気分が上向きになる。

 ここ数週間誰とも喋っていなかったから、そのせいだろうか。


 スーパーの中には陽気な音楽が流れていて、駆け出しかけた奈子を佑月が抑えて回る。

 あらかた具材をかごに入れ終わって、一息ついた。

「それじゃああとはルー探すか」


「相馬隼人、あそこ」

 佑月がルーの棚を指す。カレールーといってもいろいろだ。

 うちのカレーはどこのルーだっただろう、と思い出そうとしたが思い出せなかった。適当に聞き覚えのあるルーを手に取りかけて、ふと気づく。


「なあ佑月くん、やっぱ甘口のがいいのか?」

「うん。奈子は甘口」

 甘口のルーをかごにいれる。

 レジに向かおうとする子供たちを止めて、アイスコーナーへ向かう。


「?アイス?」

「そ。今日あついし」


 パピコを二袋、かごに入れてレジへ向かう。

 レジ横にはエコバッグコーナーがあり、しまったな、と思う。

 リュックを持ってきたらよかった、と一瞬考えたが、肉をリュックに入れる気にもならない。

 コンビニでは冷凍食品とかスナックしか買わないから意識したことがなかったのだ。


 マイバッグ、買った方がいいのだろうか、と悩んではっとする。

 そもそも、今日が特例なだけだ。

 買っても無駄になるだろうに、一体何を悩んだのだろう。


「レジ袋はご利用になりますか」

「あー、すんませんお願いします」

 レジの女の子になんとなく気まずく笑いながら返す。


「あ、アイスだけ先もらっていいっすか?」

「あ、はい。かしこまりました」

 レジの彼女は佑月と奈子を見やって頬を緩めた。


 見上げてくる二人にパピコを渡す。

「ほい、これ食べて帰るぞ」

 レジ袋を受け取って、スーパーを後にする。


「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 


 パピコの袋を開けた奈子が不思議そうな顔をする。

「これ、どうやってたべるの?」

「えーと……」

 佑月も困り顔だ。


 なるほど、パピコを食べるのは初めてならしい。

 自分の分の袋を開けて、ぱきんと折って見せた。


 なるほど、という表情で佑月もパピコを折った。


 帰り道、早々と一つ目を食べ終わった俺はもう一本を食べ始める。

「はやと、二こも食べてる」

 奈子がぼそっと言った。どうやらだいぶ俺に慣れてきたらしい。


「ぶっぶー、これは一個と同じですー。むしろお前らが二分の一個食べてるだけ。……でもまあ、兄妹で分けられる相手がいるってのはいいことだよなあ」

「相馬隼人は半分こして食べた相手いないの?」

 佑月に聞かれて、思い返す。

 あったような、無かったような、なんともぼんやりとしか思い返せなかった。

 少なくとも、記憶にある限りでは。

「……多分、ないなあ。でもまあ、俺は大人だし?いいんだよ」


 帰宅しても、まだまだ空は明るい。

 俺に続いてキッチンに入ろうとした二人を止める。


「はい、おまえらはテレビでも見とけ。チャンネル好きに変えていいからな」

「いや、でも……」


「!ゆづくん、はなまるくまさんのじかん!」

 渋る佑月をテレビを指さす奈子が引っ張る。

 よろけた佑月はちらちらこちらを振り返っていたが、やがて諦め奈子の隣でテレビを見始めた。


 食材を切り始める。

 包丁を握ったのは久しぶりだった。


 テレビからは子供向けのアニメが流れている。

 普段は家にいない時間だ。

 俺はこの時間にアニメが放映されていることも知らなかった。


 テレビを見る二人の後ろ姿を眺める。

 ノリのいいオープニングに合わせて、二人の体がゆれている。

 俺にもあんな時代があったのだろうか、と考えかけて頭を振った。

 馬鹿げた思考だ。

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ホーム・ノット・アローン~20歳ぼっち大学生俺、義兄弟の子どもの面倒を見る~ 巻貝雫 @makigaitown

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