第2話 佑月と奈子
俺はそこそこ高級マンションに住んでいる。
というのも、俺の母親の再婚相手が資産家出身の上に本人も高給取りなのだ。ちなみに銀行勤め。
俺と母親の仲はお世辞にも良くないし、再婚相手であるハイスペック親子の間に挟まったままというのも居心地が悪い。
そんなこんなで俺は大学進学(と受験失敗)をきっかけに一人暮らしをすることになった。
だが再婚まもなく一人暮らしする義理の息子が、彼ら曰く「みすぼらしい」ところに住んでいるというのも体裁が悪い。
そんなわけで義父の用意したマンションに住んでいる。
だから俺のような大学生の一人暮らしにしては分不相応な高級なところなのだ。
家賃はもちろん義父持ちだし、生活費のほかに小遣いまでもらっている。好待遇過ぎるが、もらえるものはもらうのが俺の主義だ。
そんな無駄に広い高級マンションのリビングは、(義父の趣味だと思われるが)まるでモデルルームみたいにしゃれている。
ずんずん進んだ小学生二人組は、ソファに腰を下ろしていた。
どこに座るか悩むが、結局テーブルを挟んだ反対側のソファに座る。
ガラス製のテーブルだ。いつ見ても割れないかひやひやする。
それはさておき、女の子は相変わらずうつむいていて、よく見ればその手はまだ男の子の裾を掴んでいた。
男の子のほうは物珍し気にリビングを見渡している。
「……生活感ないな」
よく見ている。
家具やインテリアなどは揃っていて一見優雅な生活をしているようにも思えるだろうに。
まあ、この空間と俺では釣り合わないし、そもそも見えるところに俺の私物という私物はおいていない。
というか、付け加えるほどのものを持っていないし、置こうとも思わないのだが。
まあ、そこのところは人に話すものでもない。
「まあねえ、俺の家というのはおこがましいし」
息をつきながらごまかす。
「ふーん」
ジト目を返される。
「えーと、んじゃあまず自己紹介でもお願いしていいか?もう知ってるみたいだけど、俺は相馬隼人。君たちは?」
「俺は鏑木佑月。こっちは奈子」
男の子が名乗る。佑月(ゆづき)と奈子(なこ)か。
「ほーん。佑月はしっかりしてんな」
「よく言われる」
そっけなく返される。可愛げのないやつだ。
「んで、二人は兄妹?」
「……まあ、そう」
「それで、あー……家が無くなったとは?」
「言ったまんまだけど?」
「えー……何でか、は聞いちゃダメな感じなの?」
うんともすんとも返事はない。
佑月は唇を真一文字にしていて、答える気もなさそうだ。
「あー……んじゃあ、保護者の方はここにいること知ってんの?」
「……」
だんまりかよ。
「えーと、さすがの俺もこの年で誘拐犯にされんのはちょっと勘弁してほしいんだけどなぁ、なんて……」
「……そういう心配はいらない」
「……」
それはそれで問題だ。
「んーと、じゃあ他のところから確認させてくれ。佑月、おまえの父親は相馬圭人、俺の義理の兄。間違いないな?」
「うん」
「それで、俺の知る限り、その……兄は結婚していない。」
「間違いない」
「あー……その、義兄さんはおまえのこと知ってるのか?」
「……知らないんじゃないか?」
「……おう。そうか。……ちょっと待ってろ二人とも。」
これはまずい。とてもまずい。ちょっと整理する時間が欲しいぞ。
「喉乾いてるだろ?お茶でも持ってくる。……麦茶でいいか?」
二人はこくんとうなずいた。
よし、と立ち上がる。
これぞまさにお茶濁し作戦。
別に、うまいこと言ったとは思っていない。
冷蔵庫の中には大してものがない。
作り置きの麦茶のボトルと何本かの缶ビール、それからプリン、アイス、冷凍食品。以上。
基本コンビニ飯かレンチン料理だし、入れておくものがないのだ。
しかし、佑月と奈子という二人の子ども、しかも小学生相手に何も出さないというのも決まりが悪い。
義父が残していった来客用のグラスを出し、麦茶を注ぐ。
スプーン二本とプリンと合わせてこれまた義父の残したインテリアの一つ、しゃれた盆にのせて運ぶ。
「麦茶とプリン。嫌いじゃなかったらとりあえず食べな。」
「「プリン!?」」
言うや否や、奈子が顔を上げた。瞳がきらきら輝く、という表現を体現したような、理想的な喜び方。
佑月もプリンを目で追い、口を少し開けている。
佑月にしては初めての子どもらしい表情だ。思わず右手を伸ばして頭を撫でる。
髪の毛は柔らかくて、くしゃり、とすればその頭の丸みと熱さを感じる。
視線を落とすと、佑月は俺を見上げながらぽかんと口を開けていた。
我に返り、手を引っ込める。あんまり不用意に他人に、しかも子供に触れるべきじゃない。
未だ見つめてくる佑月から顔をそらすと今度は奈子と視線が合った。
その訴えるような目つきに、少し逡巡してからそっと左手を伸ばしてみる。
ぽん、と触れたか触れないかくらいで、頭に手をのせる。
奈子は目を閉じて唇を緩めた。
くつろいでいる猫みたいな表情だ。どうやら正解だったらしい。
「……あー、とりまプリン食いなよ。あと麦茶!脱水症状になったら大変だろ」
何だかむず痒い雰囲気で、二人に背を向ける。
それから両手を不思議な気分で見つめた。まだ柔らかい髪の感触が残っている。
他人の頭を撫でるのなんて初めての経験だった。手の感触だけじゃない。
近づいたときの温かさとか、テーブル越しだけれど感じたものはどれも初めてのもので、そこには確かに二人の子どもが存在していて、なんというか、悪くなかった。
「……それで良かったら夕飯も食ってけ。……家に食料無いし、作ってたら夕方にはなるだろ。」
後ろを向いたまま言ってみる。背後からは嬉しそうな気配がした。
夕飯の後に返すべきかどうかとか、身元とか、いろいろ検討しよう。
とりあえず今はこの二人と仲良くなってみるのが先決だ。
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