第一章

第1話 午後三時過ぎ、小学生兄妹に襲撃される。

 相馬隼人、20歳。趣味、ネット小説をあさること、アニメを見ること。

 彼女いない歴=(ほぼ)年齢、Fランとは言わないもののたいして偏差値の高くないマンモス大学に通うぼっち大学生。

 特技、特になし。実の母からは死んだ魚と称され、かつての父親には生意気だと殴られるきっかけを作った目が唯一の特徴の平凡顔がこの俺である。


 その夏、俺は人生で初めての何もない夏休みというものを送っていた。

 現役で受かったクソ大学は学歴厨なところのある母親的には納得がいかなかったらしく、俺は一年間の仮面浪人に挑んだものの無様にも敗北した。


 それまでの俺は幾度の受験生活に追われ(しかも毎回結果は出なかった)遊ぶ経験というものを殆どしてこなかった。

 そんなわけで俺は勉強をせずとも良い長期休暇なるものを初めて迎えたものの、どう過ごしたらよいものか悩んでいたのだった。


 長い受験生活のストレスのせいか、むしろそれが長引かせた原因か、受験生である間にネット小説の有名どころはほとんどすべて読んだし、無料配信中のアニメも夏休み最初の二週間でほとんど見つくしてしまった。

 遊ぶ相手も行きたい場所もないから、金も必要ないとバイトもしていない。

 まあ、バイトはしなくてもいい事情があるんだけど。


 いやしかし、暇である。


 そんなわけで俺はソファに寝転がりながらただただ天井を眺めていた。

 こうなると完全に引きこもりだな、としょうもないことを考えながら。


 時計の針は遅々と進む。

 うとうととまどろみながらも寝すぎて痛くなってきた背中にそろそろ起き上がるべきかと考える。

 でも、起き上がるのすら怠い。


 午後三時過ぎ、呼び鈴が鳴り響いた。


 俺は文字通り飛びあがってこわごわ玄関の覗き穴の前に立った。

「……わっつ?」


 そこにはランドセルを背負った二人の子どもが立っていた。

 一人は男の子、鋭い目でこちらをにらみ上げている。

 それなりに背が高くて、おそらく六年生くらいだろう。


 もう一人は女の子で、男の子の後ろに隠れている。

 こっちは身長も低いし、三年生くらいだろうか。

 顔は良く見えないが、二人とも柔らかい茶色の髪をしていて兄妹か何かのように見える。

 しかも、可愛い。キッズモデルか何かみたいだ。


 いやしかし、今時小学生だって人を殺せるし、(身に覚えはないけど)借金の取り立てとか空き巣の陽動役とか色々出来るものだ。

俺は念のために玄関のチェーンを付けてからほんの少しだけ扉を開けた。


「えーと、どちら様?間違えてないですかね?」


 何しろ相手は子供だから、下を覗き込むようにしながら目を合わせる。

 男の子が顔を歪めるのが見えた。殆ど泣きそうな顔だ。

 不機嫌にも見えるけど、精一杯取り繕っているような、そんな感じ。

 女の子の方は分からない。男の子の後ろでうつむいている。


「あんた、相馬隼人だろ?」

男の子がふてぶてしく言う。その語気の強さにちょっと驚く。

「え?ああ、うんまあそうだけど」

 うちの表札には相馬とはあるものの、下の名前は出していない。

 正直フルネームを言い当てられるとは思っていなかった。


「暑いんだけど、早く入れてよ。いたいけな子供を待たせるなんて頭いかれてるんじゃないの?」

 泣きそうだとすら思った男の子は、くっそ生意気だった。

 ぷっくりした白い頬は(熱いのも確かにあるのだろう)真っ赤で、それを若干膨らませているからまるで茹蛸だ。

 それにしても整った顔立ちで、可愛らしい印象でしかないが。

 将来有望だろうし、これは既に大モテしているに違いない。


「いやー、おまえマジ可愛いな!」

 ちょっとジャブ打ちがてら言ってみる。これで危ないやつとでも思って帰ってくれたりしないかと若干の期待をこめつつ。

 こんな小学生の知り合いなんて心当たりは正直、全くない。どんな話にしろ厄介ごとのにおいがする。

 いくら暇だと言っても、責任問題とかいろいろ考えると関わり合いにはなりたくない。


 男の子はわずかに眉をひそめただけで平然としていた。

 後ろの女の子には少し効いたのか、男の子の裾をぎゅっと掴んだ。


「んで何々、お兄さんに何の用よ?どんなに可愛くても要件はちゃーんと話してくれないと」

 女の子を怖がらせたと思うと少しアレで、おどけて言ってみた。

 下手糞だけど、ウインク付きだ。

「は?きも……」

 だが冷たい男の子から冷たい表情が返ってきただけだった。氷像みたいだ。

 俺のガラスハートがひび割れた気がした。


「おいクソガ……こほん、強い言葉はお兄さん、良くないと思うなあ」

「……おまえ、相場圭人の弟だろ」

 おっと。顔が引きつる。これは間違いなく俺という個人に用事があるパターンか。そうすると、犯罪的な危険性は限りなく低くなるが、厄介度という指標においてはとてつもなく厄介だ。


「んーと、大変不服ではあるけどそうだね」

「それ、俺の生みの親父。家無くなったから、弟のおまえが責任とって」

「……ん?」


 ちょっと待て。え、マジでちょっと色々待て。え!?


「早く入れろよ、入れないならここで大声で泣いてやるからな」

 焦った俺にしめた、とでも思ったのだろう。男の子はふてぶてしく唇を上げた。

「……ちょっ、ちょっと待って……え?あー、と、とりあえず上がって、ね?」

 それはそれでむかつくが、本当に泣かれても困るし、それに家族の問題となると俺個人の意向より重大な問題だ。

 あたふたとチェーンを外すと、扉の隙間からにゅるりと、当然のように男の子が上がりこむ。

 その服の裾をぎゅっと掴んで続く女の子と目があった。

 泣きそうなうるうるの瞳。ふわふわな長めの髪はツインテール、ウサギの髪留めでくくられている。ちょっと待った。何この子。正面からみると、想像していたよりもずっと可愛い。

 俺が呆けている間に男の子と女の子は奥の方へさっさと消えていった。



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