「就活する」バイト

@furuto43

(短編)

 僕はこれから面接を受ける。


 ちょっと緊張する。けど大丈夫だ、練習したとおりに、言われたとおりに、必要なことを適切に答えれば、きっと、もっと、うまくいく―――。





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 ある昼下がりのこと。

 通帳の残高を見て溜め息をついた。


 残高の桁がひとつ下がり、懐がだいぶ寒く感じる。貯金が底を尽きるのも時間の問題だ。


 前の仕事を辞めて、そろそろ1年が経つ。あっという間だった。特筆するようなことはない。映画のサブスクや小説、漫画、飲み屋、平日だとお得なランチ。時間があるのでただただ潰した。それだけ。


 なんとなく働くことが嫌になり、逃げるように職場を去った。大きなトラブルがあったわけではなく、これといって嫌いな人がいたわけでもない。いわゆるブラック企業でもなかったし、恵まれた境遇だったのだろう。きっと。




 さて、働くことが嫌になったまでは良かったが(良かったのか?)、働かない方がもっと嫌になってしまった。なってしまったものは仕方がないので、働くことにした。


 しかし問題がある。僕は1年もブランクがある。バイトもせず、貯金を溶かしただけだ。できれば就活をしたいのだが、貯金もいよいよ危ないとなると、のんびりしているわけにもいかない。


 それならバイトと並行して……とも思ったのだが、そもそもバイトにも面接がある。働く面接を受けるためにも働く必要があり、その働きをするためにもまた面接がある。奇妙な話だが、そういうことになっている。やはりというかなんというか、なってしまっているのだから仕方がない。それならやるしかないだろう。


 そう思って求人サイトを見ていたら、妙なバイトが目に入った。


 「お金をもらいながら、転職活動しませんか?」



――――――――――――――――――――



 なにを言ってるんだこいつは。


 お金をもらいながら転職?お金をもらうためじゃなくて、転職できたらとかでもなくて、転職活動をしているだけでお金がもらえるのか?


 つい気になってクリックしてしまう。おそらく僕は詐欺に遭いやすいタイプだ。こんなあからさまな釣りに、あえなく引っかかってしまうのだ。


 とはいえ、せっかくだし詳細を見てみよう。




 「企業と無職のマッチング!」

 「選りすぐりの企業様に向けて、選りすぐりの無職をご紹介!」

 「仕事探しをプロデュース!"受かる"就活、してみませんか?」


 怪しい。見るからに怪しい。横文字から漂う胡散臭さ。無職に何を求めているんだ。企業は無職を欲しがるのだろうか。一体、何をどうプロデュースするというのだ。それっぽいことを言っているが、あいまいでよくわからない。




 「企業様には求める"性格"があります」

 「その"性格"を理解できれば、マッチングできる可能性が広がります!」


 それはわかる。元気な体育会系を求めるとか、落ち着いて論理的な話ができる奴を求めるとかあるもんな。まともな感じになってきた。




 「しかし、そのマッチングは容易ではありません」

 「採用段階では合うように見えても、あとで実は合わないことがわかってきた、というケースも少なくありません」


 うんうん、よくある話だな。一般論として正しいと思う。




 「そこで我々が見出した手法こそが、"徹底的なペルソナ形成"による、企業様に合う人材のプロデュースです!」

 「皆様へのカウンセリングを通じて、企業様が求める人間像を強化していきます」


 また変になってきた。横文字を使うとおかしくなる病気にでもかかっているのか。




 「ところで、近年定職に就いていない方が非常に多く、社会問題として取り上げられることもあります」

 「弊社独自の調査の結果、就職活動の負担が原因で就労に結び付かない方もいらっしゃることがわかりました」


 それはそうだ。またまともになってきた。




 「企業で働く会社員の皆様の中には、エネルギッシュで意欲的な方もいらっしゃいます」

 「しかし誰もがそうというわけではなく、あくまで生活の手段と割り切っている方も決して少なくありません」

 「やりたいわけでもないことをわざわざやれるのはなぜか。そのシンプルな答えは”お金がもらえるから”なのです!」


 言っていることは真っ当だが、求職者にそんなこと言っていいのだろうか。確実にまずい気がする。




 「そこで我々は仮説を立てました」


もしかして、つまり―――




 「就活そのものに報酬があれば、意欲的に活動していただけるのではないか、と」






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 結論から言おう。

 あの後、僕は胡散臭い妙なバイトに申し込んだ。


 手際よく面談がセッティングされ、カウンセリングを通じて"徹底的なペルソナ形成"とやらを仕込まれた。


 企業はこんな人材を求めている、あなたがどんな人格なのかは関係ない、ただ企業が求める役割を演じればいい、こう言われたらこんな意図があるからこう答えるように、意図に合わせて演じるプロになれ、これは今あなたがするべき仕事なのだ、と。


 もちろん嫌な気持ちにはなった。しかし、お金をもらっているという見返りは大きい。ちょっと嫌なことくらい、耐えられる。


 定期的なカウンセリング。エントリー、そして面接。すべての時間に給与が発生した。移動時間にも給与が生まれ、それとは別に交通費も支給される。面接を通過するごとにインセンティブまでもらえる。


 そうした仕組みのおかげで、他のバイトをすることなく生活が続けられている。貯金の桁も元に戻り、当分野垂れ死ぬことはない。




 カウンセラーから昨日受けた面接のフィードバックをもらい、修正できるよう準備をした。新しく受ける企業の求める人物像もばっちり掴んだ。


 そして今日も、僕はこれから面接を受ける。


 ちょっと緊張する。けど大丈夫だ、練習したとおりに、言われたとおりに、必要なことを適切に答えれば、きっと、もっと、うまくいく。



 この3年間の成果を、今度こそ発揮するのだ―――。


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