第041話 子爵様は見た!

昨晩はローラ――カロリーナが連れてきた不思議な客人との面会、そして歓迎も兼ねて夕餉に招待したのだが……どうやら、あまり満足しては貰えなかったようだ。

彼らは肉料理を所望ということで、それなりに奮発して、この地方では伝統料理でもある山羊料理を出してみたのだがな。あまり食が進んではいなかったようだ。

いや、よくよく考えれば彼らが望んでいたのは『肉』と乳製品、それも『牛乳』と言っていたか?ならば求めていた肉料理とは『牛の肉』だったのだろうか?

牛の肉。地方にもよるが、この国では貴族であろうとそうそう食せるものではないのだがな……。


「そういえば療養中にローラが出された食事は今までに食したことがないほど美味なものであったと言ったな?」

「はい、他の者も相伴にあずかっておりましたが、ヒカルの作る料理は素材、味付け、ともに素晴らしいものでありました」

「うん?料理はアオイ殿ではなくヒカル殿が作っていたというのか?」

「はい。私もそれほどは見ておりませんが『料理用の竈』がヒカルにしか使えない物であったらしく」


なるほど、俺には料理など出来ぬから竈の違いなどまったくわからんが……何かしらあるのだろう。

アオイ殿にせよヒカル殿にせよその食べ方は平民のそれ、むしろ俺のような下級貴族のそれよりも綺麗なものだったしな。

そのうえ、自ら料理するほどの食通の者なら……


「牛肉を求めるような舌の肥えた者に癖の強い山羊料理を出したのは結構な嫌がらせであったかもしれんな……」

「確かに、ヒカルはリアに皿をそっと渡しておりましたね。でも、彼らは出された物が口に合わないから嫌がらせだと思うような狭い了見はしておりませんよ?」

「ああ、その程度は知り合ったばかりの俺でも理解している。しかしだな、相手が許容してくれたからといって、ホスト役を務めるこちらとしては大失敗であることには変わらないだろう」


それでなくともどうにか取り込んでおきたい相手なのだ、余計な悪感情を持たれないに越したことはないのだからな。

しかし牛か……こんな辺境で手に入る家畜ではないのだが……癖のない肉というのでであれば、鳥の肉ならどうだろうか?

珍しく頭を悩ませる俺、その部屋の扉が珍しく朝からトントンとノックされた。


「お嬢様、お客人がお目通りを願っておりますが……いかが致しましょう?」

「客人?……父上、申し訳ありませんが少し席を外します」



いや、いやいやいや。

戻ってきた娘の言うことには、

『魔境で倒した獲物を解体したいので中庭を貸して欲しい。そしてそれを料理して食したいので調理場を作りたい』

とのこと。


「何を言っているのだお前は?」

「言っているのは私ではなくヒカルなのですけどね?」


何なのだ?ヒカル殿は料理人ではなく大工なのか?

いや、そうではなく……調理場を作る?中庭に?今から?


「言っていることは分かるが意味がわかないのだが?」

「そのくだりはもう私がやりました。たぶん面白いモノが見れると思いますので許可を出してもよろしいですか?」

「ああ、もちろんそれは構わないが……」


数日掛けて大工仕事をする現場を見るのがそれほど面白いとは思わぬのだがな……。

娘と一緒に中庭に降りてゆく俺……いや、暇なのは分かるがやたらと後ろに付いてくる人が増えているのだが?

客人が中庭で楽しそうに何かをしているのが窓から見えて気になる?嫁や息子はいいとして、お前らは普通に職務中ではないのか?

中庭に出ると……どこから用意したのか、木材(いや、ただの焚付けだろあれ)や、煉瓦のような石材、そして鉄の塊のような物が用意されていた。

こちらの許可が出たのを幸いと、早速作業を開始するヒカル殿。


いや、いやいやいや。俺の知っている大工仕事と違うのだが!?

ただの薪でどうしてそのような広い作業台が出来るのだ!?

煉瓦を適当に積んだところで竈にはならないだろう!?


「……何なのだあれは?」

「何と言われても私には答えられませんが、面白かったでしょう?」


面白いの一言では済ませられんわ!まったく意味が分からない……。

一刻とかからず作業台と竈をこしらえたヒカル殿。

次は何を……ああ、獲物の解体をすると。


いや、いやいやいや。おかしいおかしいおかしい!!

アオイ殿が魔法袋から取り出し、並べられてゆく『ソレ』ら。

国の精鋭騎士団や迷宮の深くまで潜るような熟練の冒険者たちが命がけで、何日も掛けて狩るソレらが無造作に並べれれてゆく……。


「な、なんだあの大きさのアーマーライノは……あそこまでデカい個体だと剣も槍も魔法も通らんだろ……」

「大きくて凶悪なツノでしょう?ちなみにアレが私の腹を貫いた個体ですね」

「落ち着いて言ってる場合か!?よくあのようなものに跳ね飛ばされて生きていたな……まったく、娘を救ってくれたヒカル殿の恩にはどのような物を返しても返しきれぬな……」


続けて並べられてゆく『ブラックゴーゴン』、『クレイジードードー』、『ロックタートル』などの死骸。

この領内の戦力になりそうな全員を集めたとして、全滅するまでにあれらの獲物を仕留めることが出来るだろうか?いや、出来ない。

そのうちの一頭、ブラックゴーゴンの巨体をこともなげに作業台に乗せるヒカル殿。

……一体どれほどの怪力ならそのようなことが出来るのだ!?おそらくその作業を見つめる我々の心は一つ!『この男……ヤベェ奴だ……』である。

体で隠れて何をしているのかはハッキリとは見えないが、おそらく内臓でも抜いて……いる……


「いや、そうはならんだろ!?」

「とくに作業らしい作業はしていなかったよな!?なのにどうして肉と素材が綺麗に解体されているのだ!?」


数十分の作業で綺麗に肉、革、特徴的なツノが別けられいるのだが!?

あれだぞ?俺も狩りぐらいはしたことがあるからな?そもそも動物の革を剥ぐ作業というのは吊るしてこう……色々とするものだろう?

それがどうして腹のところでゴソゴソするだけでズル剥けなのだ!?あと骨!それから内臓!どこいった!?

混乱……ただただ混乱……。そんな我々のことなど気にすることもなく彼の作業は続く。

えー……そのアーマーライノも苦もなく持ち上げるのか……。


見学人の心が『この男……ヤベェ奴だ……』から『この男……関わったら大怪我するタイプのヤベェ奴だ……』に認識が変わったころに全ての解体が終了。

えー……もうお腹いっぱいなのだが……いまから料理を始めるのか?

確かに捌いていた獲物、すべて王侯貴族の大きなパーティ、特別な何かの時に食材として扱われている超高級肉だが……調理方法がやたらと難しく、普通の料理人が触ったところでただただ『固いだけの何か』にしかならないと聞いているぞ?

ヒカル殿に何やら問われて何処やら向かうローラ。

そんな彼が完成させたのは……


『Tボーンステーキ』


何だそれ?いや、ステーキは分かる、それほど食ったことはないがデカい肉を焼いたものだからな!

いや、そんなことよりむちゃくちゃ旨そうな匂いがするのだが!?

三人が目の前で、幸せそうな顔でステーキをどんどん焼き、どんどん平らげてゆく……あのリアという少女、めちゃくちゃ食うな!?

えっと、その肉はこちらに回ってきたりは……さ、さすがにブラックゴーゴンの肉など食わせてくれと頼めるような値段のものではないしな……ああ……食べ終わったのか……うん?食後のデザート?あいすくりぃむとは何だ?ふむ、乳で作る……何だろう?白い塊?もしやそれはチーズなのか!?冷たい?どうして竈で火を焚いた上で調理して冷たい料理が出来るのだ?もう本当に意味が分からない……。



―・―・―・―・―



子爵様、ヒカル兄ちゃんや葵ちゃんは貴族様というだけでバリバリに警戒しておりますが、ただの気のいい田舎のオッサン説。

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